【1章】訳アリ少女とエセ関西人

1/12
80人が本棚に入れています
本棚に追加
/52ページ

【1章】訳アリ少女とエセ関西人

◆ 1章1話 『終業式』 ◆  あと一時間も経たないうちに一学期が終わり、高校生活最後の夏休みがやってくる。  嬉しさ半分、寂しさ半分、そこに僅かな焦りが混ざる。嬉しい長期休暇と残りわずかな高校生活に思いを馳せていると、親友の藤宮茉奈の嬉しそうな声が聞こえた。 「あやめ! 今年の夏休み、何する? どこ行く⁉」  終業式の長くて退屈な話から解放された茉奈は、声を弾ませて表情をコロコロと変える。百面相――とまではいかないけれど、それでも楽しさと嬉しさを抑えきれない彼女の表情は見ているこちらの心も楽しいものに変えてくれた。 「そうだね。買い物には行きたいかな? あとは市の図書館。探したい本があるんだ」 「買い物いいね! でも図書館って、もしかしなくても勉強の本?」 「うん。詳しく調べたいことがあって、その本が市立図書館に置いてあるみたい」 「……はぁ」 「え? ま、茉奈?」  声を弾ませていた楽しいムードから一転。茉奈は私の目の前で大きな溜息を吐くと、呆れたように眉を顰めてこちらを見つめる。  憐れむよう眼差しはなんとも言い難いもので、こちらも困ったように眉を顰めれば、彼女は眉間の皺をさらに深めた上で口を開いた。 「あやめ。高校生活最後の限られた夏休みなんだよ? 勉強もいいけど、もっといっぱい満喫しようよ!」 「でも私たち、一応受験生なわけだし……」 「それとこれとは話が別! 勉強が大事なのも分かるけど『=(イコール)遊ばない』は違うの!」 「それもそうだけど……」  茉奈の言うことにも一理ある。否定はしないし、否定するだけの理由もない。  せっかくの長期休暇があるなら、なんだってやりたいことが出来る。翌日の体力を気にすることなく遊びに出かけることだって出来るし、行ったことのない土地に足を延ばすことだって出来る。  充分過ぎる時間が用意された夏休み。確かに茉奈の言う通り、勉強だけに時間を割かず遊びに出かけるのもいい案だと思う。  それでも私の口は何度も濁った言葉を紡ぐだけで、それ以上の感情や意見を言葉にすることはなかった。 「もちろん、無理に連れ出すことはあたしもしたくない。だけどもうちょっとだけ、この夏にやりたいこと・遊びたいことを考えてみて。あやめが言ってくれたらあたし、いつでも付き合うからさ!」 「……うん。ありがとう、茉奈」 「いえいえ。どういたしまして」  はっきりした言葉を出せない私に対して、気にしないように笑いかけてくれる茉奈。彼女の優しさに救われながら、向日葵のような笑顔に同じように応えた時だった。 「茉奈ちゃん。矢代(やしろ)さん」  同じクラスの宇堂さんに声をかけられて、私たちは一度会話を止める。  宇堂さんはクラスの中心にいるような人気者で、見た目もすごく綺麗な人だ。去年読者モデルとして雑誌に載るようになってからは活動の幅が増えて、今ではSNSでも話題の人として注目されている。  長くて綺麗な黒髪に、一頭身抜けた高身長。人の目を惹く彼女はリップグロスの塗られた唇で弧を描くと、人当たりがいい笑顔を見せながら言った。 「今年の納涼祭、よかったらみんなで一緒に行かない?」  思いがけないお誘いにこっちが目を丸くしていると、宇堂さんは「急にごめんね」という言葉を間に挟み、その後で私たちを誘ってくれた理由を教えてくれた。 「進学しちゃうと、みんなで会える機会も減るでしょ? だから今年は色んな人を誘って行こうかなと思って。どうかな?」 「……え、っと……」  周囲に気遣いのできる宇堂さんらしい発案ではあるけど、彼女の言葉にどう反応していいか困る自分がいた。  誘ってもらったことは素直に嬉しいし、できることなら私もみんなと一緒にお祭りに行きたい。きっと茉奈も行くだろうし、高校生活でのいい思い出になると思う。  それが分かっていても頷くことは出来ず、申し訳なさから視線を外した時だ。私の代わりに茉奈が口を開き、宇堂さんと話を進める。 「ごめんね。その日はあやめ、用事があってお祭り行けないんだ」 「そっか。残念だな」 「けどあたしは行けるから、一緒に話してもいい?」 「もちろん! あっちで待ってるから早く来てね」 「りょーかい!」  宇堂さんが指し示した“あっち”側には男女問わずクラスメイトが集まっていた。みんな嬉しそうに話を続け、周囲には賑やかな雰囲気が溢れ出ている。  あの中に混ざることが出来たら楽しいのだと思うけど、それが出来ない私は茉奈の方に視線を移すと、臨機応変に対応してくれた彼女に謝った。 「茉奈、ごめんね」 「こっちこそごめん。買い物の話は、また夜にでもメッセ送るね」 「うん、ありがとう」  今いる場所を離れることに対して、彼女が謝る必要なんてない。むしろ私の方が余計な気を使わせてしまい、罪悪感で胸がいっぱいになる。  軽く手を振ってクラスの輪の中に入っていく茉奈を見送り終えると、行き場を失った視線を意味もなく窓外へと向けた。  締め切った窓の外に広がる青空と、流れていく小さな浮雲。クーラーの効いた教室からでは外の気温までは分からないけど、鳴き続ける蝉の声が夏の暑さを物語っているような気がする。 「……お祭り、か……」  無数に連なる赤い提灯。多くの人が行きかう出店通り。客を呼び込む屋台のおじちゃんの声と、神輿を担いで練り歩く大人たちの声。  夏のお祭りは楽しい。――楽しいものだった、はずだ。それを楽しめなくなったのは、この街に引っ越してくるずっと前の話。私が小学生になるよりも前の話。過去のトラウマを思い返すたびに、思わず苦虫を噛み潰してしまう。  あれから十年近く経っているのに、未だに克服できていないトラウマが胸の奥を抉る。自分の弱さが情けなくなった私は、一人教室の片隅で大きくため息をついた。 → .
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!