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【序章】残された夏休み
照りつける太陽の日差し。焼けるようなコンクリートの暑さ。外部の灼熱から一線を引くように、部屋の中にはクーラーから流れる心地よい冷気が漂っていた。
季節は夏。夏休みも残すところ一週間。けれど未だ、残暑と呼べる時期は訪れない。
――そんなある夏の日。私にとって、高校生活最後の夏休みの、とある一日。
「……ふぅ」
いつの間にか止めていた息を吐いて、身体に込めていた力を抜いていく。これは勉強に集中していた証拠でもあるけれど、同時に無意識に根を詰め過ぎていた証でもあった。
根を詰め過ぎないように。以前言われた言葉を思い出して、休憩がてら冷蔵庫の中から冷えた麦茶を取り出す。
「…………」
あともう一問。さっきの問題の続きぐらいなら、解いてもいいかもしれない。
――と、そこまで考えて頭を左右に振って考えを散らす。分かっている。こういう考えが積もり積もって自分に無茶をさせて、周りの人たちに心配をかけるのだと。だからせめて、この休憩の間だけでも勉強のことは考えないように参考書から目を逸らした。
玄関のドアが三回叩かれたのは、そんな時だった。
「あやめちゃーん! 今日も元気にやっとりまっか~?」
明るい声が私の名前を呼んだから、麦茶の入ったグラスを置いてドアを開ける。
日中の外は暑い。今はまだ午前中だから気温は二十五度ほどで済んでいるけど、これから時間が経つにつれ三十度を超えていく。夏になって何度目かの真夏日を迎えるのは、きっと時間の問題だろう。
「こんにちは。雪也さん」
ドアを開けた先に、真夏の日差しを背負った彼の姿があった。
首筋に少しだけ汗をかきながら、それでも優しくて穏やかな笑顔を見せてくれる人。夏の暑さに負けない元気な姿を見せてくれた彼は、今日も笑って私に言うんだ。
「あやめちゃん。急やけどプール行こか!」
「……へ?」
前触れもない突然の誘い。きっと間の抜けた表情を見せてしまった私に対して、彼は笑いながら持ってきた浮き輪を見せるだけ。
どうして急にそんな話が出てきたのか。そもそもその大荷物を見る限り、私に拒否権はあるのだろうか。頭の中で考えを巡らせる私の前で、彼はにこにこと人の好い笑みを浮かべてこちらの反応を待っている。
なんと返事をすればいいのか。どう行動するのが正しいのか。
遠くで蝉の鳴き声を聞きながら、残された夏休みのとある一日はここから始まろうとしていた。
* ―― * ―― *
もうすぐ終わってしまう、高校生活最後の夏休み。
今日という日を迎えるまでに、何もなかったわけじゃない。
嬉しいことも、楽しいことも、笑ったことも、たくさんあった。
その一方で、つらいことも、怖いことも、痛いことも、たくさんあった。
――だからこそ、乗り越えた私たちはまた新たな一歩を踏み出す。
いつものような穏やかな日常も、夏休みならではの楽しさも、残された一週間で取り戻すように動き出す。
この物語は、一学期の終業式から動き出す。
多くの出来事を経て、多くの想いを抱いて、私の――私と雪也さんの夏休みは始まるのだった……。
<1章へ続く> ⇒
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