鎌倉讃歌 #青空

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「君もそうだろ。だから来てくれたんだろ?」 「あたしは…」  子どもの頃から、ここが好きだった。 大好きなお祖父(じい)ちゃん、お祖母(ばあ)ちゃんと過ごした日々。 圭介が連れていってくれた色々な場所。 想い出は尽きない。 「だからさ、明日またおいでよ。デートしよ」 「…やっぱり、そういうつもりじゃん」 「あはは」  彼が楽しそうに笑った。 お節介な人だ。 でも、さっきより自分も笑えている気がした。 「うち、すぐそばだから」  彼は慣れた手付きでハンドルを握ると、バイクを押して歩道を歩き始めた。 「いいよ、自分でやる」 「疲れただろ。俺は今日は午後休みだったし、パワー有り余ってる」  半袖から覗く腕は日に焼けて逞しそうだ。 任せようかと思ったが、彼の違和感に気づいた。 「足、どうしたの」 「あ、ヤバ。もうバレた」  いたずらっ子みたいな笑顔になる。 「古傷だから痛くはないんだ」 「でも…」 「すぐだから平気」  言葉の通り、彼は軽くびっこを引きながらすいすいとバイクを押していく。 夕焼けはいつの間にか宵闇に溶けていった。 代わりに一番星がきらりと光っていた。 「あ。ねえ」  彼が不意に立ち止まって、私を振り返った。 「名前、何だっけ」 「…夏月(なつき)」 「なつき。なっちゃんか」  友達も圭介も呼び捨てだった。 彼の呼び方は、他の人の「夏ちゃん」とは少し違って聞こえて、とても新鮮だった。 「なっちゃんさ、こいつのすっげえ秘密、知りたくない?」  バイクを指差して、彼が笑いながら尋ねる。 「秘密って、何」 「明日来たら教えてあげる」 「またそれ?」  私は呆れた声を出した。 でも、何だか憎めない。 ちゃらんぽらんにも見えるけど、優しい人なのは確かだと思った。 「どっちにしろ来るよ。バイク持って帰らなきゃ」 「やったー。なっちゃんとデートだ」  彼が歓声を上げる。 「人の話聞いてる? 用があるのはバイクだけだよ」 「お昼くらい、いいだろ。俺の行きつけの店、旨いんだ。食い倒れツアーしようよ」  この時、彼がなぜこんなに浮かれていたのか、私はだいぶ経ってから知ることになる。勝手にプランをたて始める彼に呆れながら、いつの間にか私もつられて笑っていた。 「手を出したらソッコー帰るからね」 「はいはい」 「子ども扱いしないでよ。ムカツク」 「子どもだろ。手が出せないんじゃ」 ねえ 圭介 泣き虫なあたしに 呆れてるかな だって 笑顔が増えたら 圭介が消えてしまいそうで 怖いんだ 星が瞬き始めた。 さっきあんなに泣いたのが嘘みたい。 笑ったらいけない気がしてた臆病な私に、彼は自然に笑顔をくれた。自分の力だけじゃどうにもならなかった扉を、彼がそっと開けてくれた気がした。 今は 手を借りてもいいのかな… 何だか嬉しそうな彼の姿に、私も笑顔になった。
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