鎌倉讃歌 #青空

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 高校時代からの恋人で、私とバイクをこよなく愛していた圭介は、ある日突然、私を置いていなくなってしまった。 『圭介、あんたね。バイクになんか乗せて、(なっ)ちゃんに怪我でもさせたらどうするつもりなの』 『んなことしねえよ。それにだいたい、夏月(なつき)は俺の嫁になるんだから別にいいだろ』 『そういう問題じゃないでしょっ』 バイクは危ないからと、いつもこぼしてた彼の母親の心配は的中せず、彼は交差点で男の子を(かば)ってトラックにはねられた。 ばか ヒーローは 死んじゃダメなのに この先 誰があたしを守ってくれるの 枯れないと思っていた涙は、少しずつ減っていった。 悲しいのは変わらないのに、泣き疲れて喉も渇いたしお腹もすいた。 そして、日常は私の袖を引っ張る。 戻っておいでって。 私はまだ、圭介のそばにいたいのに。 友達が声をかけてくれたおかげで、私はやがて立ち上がり歩きだした。 大学を卒業して就職もした。 何人かの人に交際を申し込まれたけど、友達以上にはなれなかった。 今でも時々、圭介の笑顔や温もりを思い出して、涙がこぼれる夜がある。 本当に もう会えないんだね 私は、圭介の愛車を形見分けにもらっていた。コレは、私の次に彼に愛されていたから。 いつもガレージの片隅にカバーを掛けられて、私と同じようにぽつんと(たたず)んでいる。 メンテナンスは、彼の兄である蒼介さんがきちんとしてくれていた。毎週日曜日には自分のZEPHYR(ゼファー)を磨き上げながら、私にもアクセルを吹かすのを手伝わせてくれる。 『本当は遠出させてやりたいけどな。俺もそこまで時間ないし、夏ちゃんは免許ないだろ』 蒼介さんはよくそう言って、寂しそうに笑った。 圭介がいなくなってからの二人は、まるで捨てられた子猫みたいだった。胸にぽっかり穴が空いてて、寂しくてたまらない。 蒼介さんも優しい人だったけど、彼と話をしていてもそれが埋まることはなかったし、彼も同じ気持ちだったと思う。 私たちにはいつも圭介が欠けていた。 ZZR(ダブルジーアール)は2009年の排ガス規制のあおりを受けて製造中止になり、今では中古車しか手に入らない。状態の良い車体を手に入れるのはもちろん、部品の調達やメンテナンスにも神経を使う。 蒼介さんにも「やめとけ」と釘を刺されたらしい。圭介も自分の性格はよくわかっていたはずだ。 『子どもの頃の幻想だろ。理想と現実ってヤツだ』 『でもさー、あのフルカウルのラインがたまんないんだよなー』 納車の時の無邪気な笑顔は、子どもみたいにきらきらしてた。 『Kawasaki(カワサキ)のバイクは、女並みに手がかかるから』 『あたしより?』 『夏月なんか可愛いもんだ』 『何それ。あたし、バイク以下ってこと?』 むくれる私に、圭介は笑ってキスをした。
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