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七里ヶ浜の海岸に近い、こぢんまりとしたカフェだった。
軒先のウィンドチャイムが、涼やかな音色を奏でている。夜の営業時間にはお酒も出すらしい。
「お洒落だね」
私が店内を見回しながら言うと、大きな声が聞こえてきた。
「あっ。結人!」
短髪でピアスの男の子だった。
「週末にサボりやがって」
「ごめん。今度シフト代わるから」
「何しに来たんだよ。結人の席なんてねーよ」
「そう言うな。お客さんだぞ」
彼はそこでやっと私に気がついた。
「噂のなっちゃん」
「…ホントにいたんだ」
「失礼な。いくら俺の片想いだからって、そこまで飢えてないぞ」
片想い…
結人の軽口は今に始まったことじゃない。
それでも、胸の奥がずきんとした。
「何飲む?」
「…あ、カフェオレ。アイスでお願いします」
「かしこまり~」
短髪の彼は、何となくご機嫌な様子でカウンターへ戻っていった。
「腹減っただろ。俺のおすすめでいい?」
「うん。任せる」
結人はバイト仲間と、私の話をするんだ。
『噂のなっちゃん』
何を話すの?
片想いの相手で
死んだ恋人を忘れられなくて
…あたしは
都合よく 結人を利用してるだけで
誰だって そう思うよね
料理が少しずつ運ばれてくる。
いい匂いがしてきて、自分が空腹だったことを思い出した。私は気を取り直して、食事を楽しむことにした。
「凄くおいしい」
「そう? よかった」
結人がくしゃっと笑った。
「これは女の子に人気なんだ。このサラダは?」
「ん。イケる」
料理は本当にどれも美味しくて、私は勧められるままに食べていった。
ふと気がつくと、結人が片手で頬杖をついて私を見ている。
「何かついてる?」
「いや。いつにも増して、旨そうに食うなって」
夢中でがっつきすぎたかと思って、恥ずかしくなった。
「ごめん。あたしばっかり食べてるね」
「全然。なっちゃんが旨そうにメシ食うの、俺すっげえ好き」
結人が無邪気に言って、私の頬はますます赤くなる。
「犬猫みたいに言わないでよ」
「ははっ。デザートもいくか」
レアチーズのケーキはレモンが仄かに香って、夏にぴったりの爽やかさだった。コーヒーを飲み干して、私たちは席を立った。
「夏ちゃん、また来てね」
短髪ピアスくんが、笑顔で手を振った。
「ありがとう」
私も精一杯、笑顔をつくって店を出た。
エアコンが効いた店内から、一番暑い時間帯の陽射しの下に晒される。肩の力が抜けてため息が出た。
「緊張した?」
「…うん」
「いつも紹介しろってうるさいから、見せびらかしちゃった」
結人は子どもみたいに笑った。
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