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約束の日、久しぶりの浴衣に袖を通し、髪を上げて私は電車に乗った。後れ毛が項にかかり、じわっと滲む汗で少し張り付いている。
まだ夕方には早い時間帯で、そんな格好は自分だけだからか、皆にじろじろ見られてる気がする。
意識しすぎ…
浴衣は圭介にもあまり見せたことがない。
どこか緊張しているのはそのせいだ。
待ち合わせの店でカフェオレを飲みながら、私は先日友達と交わした会話を思い出していた。
『私が男だったら、絶対手出してるよ。自分がどう見られてるか、自覚あるの?』
『あるよ。それくらい…』
『あんまり気を持たせたら、可哀想じゃん?』
『そんなつもり…』
…そんなつもりなんだろうか。
結人の優しさに甘えて、私は嫌な女になってるんだろうか。元カノの妹が口を挟みたくなるほどに。
私の中にはまだ圭介がいて、それを結人は追い出したりしないのに。彼がそう決めたのに。
でも、本当はわかってる。
結人が必要以上に あたしに優しいのも
自分を振り向いて欲しいと 思ってるのも
そして
あたしの気持ちが 結人に傾き始めてることも
それなのに、まだ踏み出せないでいる。
だからやっぱり、私は嫌な女だ。
「…なっちゃん?」
呼ばれて振り向くと、結人が立っていた。
「早かったね」
「うん。涼んでた」
カウンターの隣の席に、さりげなく結人は座った。
「凄い似合ってる。綺麗だよ」
「ありがとう。何か久しぶりで、恥ずかしいよ」
そんなに素直に喜ばれると、こっちもくすぐったい気分になる。
「場所取らなくて平気? ご飯は屋台の焼きそばとかでも全然いいんだけど」
「席は取ってある」
結人は得意そうに微笑んだ。
「嘘。予約してくれたの?」
「まあね。でも、こんな気合い入れてくれたら足りないくらいだよ」
結人がそこまでしてくれると思わなかったので、何だか気後れしてしまう。でも、彼の笑顔を見ていると、私まで嬉しくなってしまった。
「ありがとう」
「船から観るのも考えたんだけどね」
乗り合い船で、沖合から水中花火を観るのも人気がある。
「船酔いしてもつまんないしさ」
「酔い止め飲めば平気だよ。そんなに長い時間じゃないし」
「そっか。じゃあ、来年はそうしようか」
笑顔の結人に、私は曖昧に微笑んだ。
来年も 一緒にいられるの…?
結人の優しさに、時々切なくなる。
自分の弱さを思い知らされるから。
観覧席は、いつもは海水浴場の駐車場になっている場所のようだ。遮るものが何もなく、風も心地いいくらいに吹く今夜は、絶好の花火日和だ。
トイレも飲み物の準備も早めに済ませて、私たちは席についた。陽はとっくに落ちて、席も少しずつ埋まってきた。
「始まるよ」
ドン、とお腹に響くような音が鳴り続いて、色とりどりの大輪の華が夜空を彩った。ひとしきり続く花火に、夜空を見上げる人たちから感嘆の声が沸き上がる。満天の星も今夜は脇役でしかない。
沖を走る高速船から次々に花火が海中に投げ込まれ、水面上で破裂しながら半円の華を描いていく。美しい扇形に広がり、見慣れたスターマインとは別物のようだ。
「綺麗…」
祖父母と何度か見たけれど、想い出の中にある景色とはまた違って見える。
赤や緑や紫の火花の欠片が水面を蹴散らし、夜空に跳ね上がる。ゲレンデに舞う粉雪みたいに、光を反射して宵闇に溶けていく。
とても素敵だけど、片割れを失くした半分だけの私たちにも思える。
…でも 結人はもう前に進んでいる
そっと盗むように見た結人の横顔は、花火と同じ色に染まっていて、とても綺麗だった。
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