鎌倉讃歌 #夜空

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「ちょっとだけ付き合ってよ」  花火が終わると、結人が言った。 帰りの電車の時間も気になったけど、今行っても身動き出来ないほどの混雑だろう。 駅へ向かう人、食事やお酒に連れ立つ仲間たち。 子供連れはさすがに家に帰るだろうが、高揚したざわめきはまだ続いていて、波打ち際にも人影が揺れている。 「いい風だね」  汗ばんだ肌に夜風が気持ちいい。 暗い中にも波頭だけが時々見える。 「わっ」  履き慣れない下駄のせいで、湿った砂に足元を取られてよろけた。 結人がすっと手を伸ばして支えてくれた。 「大丈夫?」 「うん…、ありがと」  彼がその手を離さないので、私の心臓はスピードを上げ始めた。 「結人。手…」  こないだから結人は、さらに私に甘くなった。 私は自分の気持ちを見失い、彼に(あらが)えなくなる。 「夏月(なつき)」  結人が静かに私を呼んだ。 そんな呼び方をされたのは初めてだ。 「…はい」 「今さらだけど言うよ。君に一目惚れだった」  夜目にもわかるほど、私の頬は赤くなっていたと思う。 結人の瞳が一層優しくなった。 「あ、…りがとうございます」 「何だよ、そのリアクションは」  彼がくすくす笑っている。 「だって、あんなぐしゃぐしゃの顔なのに…」 「あの泣き顔に惚れた。守ってやりたくて」  今、どんな顔をしていいかもわからない。 嬉しい? 嬉しいよ けど… 「君がまだ彼を想っているのはわかってる。無理に俺の方を向かせようとも思わない」  結人は私の手をぎゅっと握った。 「でも、これからも俺とデートしてくれる?」  いつもの笑顔で彼が尋ねた。 その眼差し。初めて会った時から変わらない。 不意に想いがこみ上げた。 たとえ恋人じゃなくても、私はその優しい瞳が好きだ。 「俺は夏月の笑顔が見たいんだ」  月明かりの下で微笑む結人は、心なしか照れているように見えた。 その顔に、私も言葉があふれた。 「…それだけじゃないんでしょ」 「あ、バレた?」  結人は私の腕を掴んで抱き寄せた。 あっけなく腕の中に閉じ込められて、鼓動はますます速くなる。
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