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律仁は怒り任せて吉澤のスーツの襟元を引っ掴んで身体を揺すると大声で怒鳴った。
「ふざけんなよ、じゃあ。今まで俺は何のためにやってきたんだよ」
目頭に涙を貯めながら訴えるが、吉澤は律仁の怒りに全く動じることなく、律仁の掴んだ手を引き剥がしてきた。
流石元ヤンなだけあって、こういう喧嘩腰の争いには強いらしい。はたまた所詮若造の喧嘩だと見くびられてるのか……。
吉澤はスーツの皺を直すとスっと顔をあげて律仁の顔を見つめる。
「お前を応援してくれてるファンのためじゃないのか。お前の歌が誰かの糧になるためなんじゃないのか?」
活動をしていてそんなこと一度だって考えたことはなかった。確かに鈴奈のおかげで歌うことは嫌いではなくなったし、楽しいと思えるようになった。
でもそれは全て隣に彼女がいたから全て成り立っていたからだ。
「そんなこと考えて歌ってたわけじゃない。俺は鈴奈と一緒になるために今までやってきたんだ……」
「だとしたら、とんだ天狗やろうだな。お前の好きな鈴奈は自分の望む形じゃなかったとしても自分の歌声に誇りを持ってる。どんな曲であろうとも作り手の想いが聞き手に届くように努力してる。その感情は少なからず世間に伝わってるからみんな離れて行くんじゃないのか?お前はファンを顧みようとしないから、お前を支持するものが着いてこないないの分からないのか?そんなことも分からず女も仕事も失くして惨めだな」
「うるせぇ……。吉澤のくせに……俺の何がわかるんだよっ」
自分のマネージャーと思えないほど、鼻で笑い、蔑んでくる吉澤の辛辣な言葉に心が抉られていく。
昔から吉澤は律仁に当たりが強い。
幼い頃から面倒を見てもらっている仲であるからこそ遠慮がないのかもしれない。
律仁とて、普段であれば強く言い返して反抗するくらいのメンタルの強さを持ち合わせていたが、自覚がある上に傷心した心には酷く刺さった。
「お前は誰かに依存しすぎだ。少しは自分の野心で上がる努力しろ。どうだ?これを機に当分休暇やるから頭冷やしてこい」
「依存して何が悪いだよ。誰かのために自分を向上させることも必要じゃねぇの?ふっ……。冷やすも何も辞めてやるよ。こんな穢れた業界なんか」
律仁は吉澤のデスクを右足で蹴り上げると足早に事務所を後にした。
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