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誰のために……。
感情的に飛び出した後、律仁は真っ先に寮へと向かった。
下着や着替え、必要最低限の荷物を黒いボストンバックに詰める。
お金は今まで稼いだ分があるし、心配はない。とにかく誰も知っている人がいない場所へ行きたかった。鈴奈のことも、アイドルでいることも全て忘れて仕舞いたい。こんなに苦しいのなら一層のこと、離れてしまって麻倉律仁として
生きる方が楽なのではないだろうか。
誰からとも連絡が繋がらないようにスマホを態と寮のデスクの上に置いておくと、バケットハットを被って駅方面へと向かった。
行先は特に決めていない。夜行バスの時刻表を眺めては、直近で出発するバスを見つけた。一刻も早くこの息苦しい都会から抜け出したくて……。
行先は山梨県行きのバスだった。二時間程度高速バスを走らせて到着した時刻は21時を回っていたので近くのビジネスホテルで一晩過ごすことにした。
最初は野宿も考えたが、警察に見つかったら見つかったで面倒くさいことになりそうだし、何が何でも今は寮に戻る気分にはならなかった。
都内から抜け出し、ホテルのベッドで暫く仰向けになって天井を見つめる。
液晶に映し出される鈴奈のニュース場面が映画のように頭の中で再生されては
布団に突っ伏した。鈴奈は俺じゃダメだったんだろうか。
一般人って……。どうせ商社の平社員とか華のないやつだろ。
そんなのの何処がいいんだろうか。
俺なら彼女を不幸になんか……。
「駄目だ……。考えんなっ俺」
気が付けば考えてしまう彼女の事こと。律仁は思い出してはいけないと必死に払拭するために明日どうするかをホテルに向かう途中で購入していた地図を開いて眺めることにした。
真面に県外を出たのは初めてかもしれない。仕事ではロケとかで何回かあったかもしれないが、個人的な理由で出てきたのは初めてだった。
幼いころから旅行なんてしたことがないし、よく小学校の同級生が夏休みに家族旅行をした話を聞くと酷く羨ましかったことを覚えている。
折角だから観光地でも巡ってやろうか。
そうと決まれば早めにホテルを出て駅でパンフレットをもらってこよう。
しがらみで今までできなかったことを叶えてやる。
そう考えるとこの大がかりな家出が楽しく思えてきた。
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