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肩掛けの鞄の紐を両手で握りながら、店主に挨拶したあと「あ、あのっ。浅倉律のCDって入って来てますか?」と問うてきた少年に思わずドキッとした。
まさかこの場所で自分の名前を耳にするとは思わず、律仁は帽子を深く被り直した。
「ああ、丁度昨日入ってきたところだよ。あそこの棚にあるから見といで」
「ありがとうございますっ」
店主に促されて真っすぐ此方へ向かってくる少年に心拍数が上がる。
律仁は立っていた棚から少しだけ隣にずれては、少年が近づいてくるのを他のCDを見ているフリをして待っていた。
少しだけ自分の歌を望んでいる少年の顔を見て見たかった。
こんないい加減な活動をしてきた俺の歌でもちゃんと聞いてくれる人がいる。
自分より頭一つ分身長の低い少年が、律仁の隣までくると一瞬だけ目が合う。
少年は俯きがちにお辞儀をしては、棚の下から二番目にあった浅倉律のCDを手に取ると、やっと手に入れた大事なものとでも言いたげに、ジャケットを眺めて微笑んでいた。
隣に本人がいることに気づかず、慈しむような優しい目に何だか恥ずかしくなってくる。少年は颯爽とレジへと戻っていくと「これください」と店主にCDを渡していた。
「ショウタくん、この人そんなにいいのかい。ずっと入るの待っていたみたいだけど」
「はい、アイドルなんですけど……。凄いカッコいいんです。だけど顔だけじゃなくて歌もちゃんと上手くて……。俺もあんな風にカッコよくなれたらって憧れてるっていうか……。本当はCDショップでちゃんと買いたいけどお小遣いが足りなくて……。姉ちゃんのCD貸してもらって聞いてるけどやっぱり欲しくて……」
「そうか、好きな音楽があることは中古ショップをしてるオジサンとしても嬉しいことだよ。音楽は褪せないからね。何年経っても好きなものは好きなんだよ。今は何でも電子だけど、こうして形にあることでその時の思い出だとか
感情だとかを懐かしむこともできる。時には人との出会いを紡ぐことだってある。耳で聞いて、指で触れて、喜怒哀楽を感じて……自分の一部になる感覚がするんだ。君も今の好きを大事にしろよ」
しみじみとしながら腕を組んで話す中年店主の話を純粋に敬意のある眼差しで聞く少年。
「うん……。オジサンまた来るね!」
少年は終始笑顔でオヤジに手を振ると店を去っていた。
少年が去った後、暫くして律仁も店を後にしたが自分の今までの行いが恥ずかしく思えた。
生で自分の音楽に関して耳にすることはなかったから感じなかったけど、歌は誰かの人生の一部になる。
この少年だってこんな俺にも憧れてくれてる。
自分達が歌うことで誰かの生きる糧になりえる。
その人たちのために活動しているんだ……。
俺が活動することであの少年のような笑顔を沢山の人に与えることが出来るのならまだ歌うのも悪くないかもしれない。
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