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君のために歌い続ける
初夏の都内某所のレコーディングスタジオ。
自分の想いを歌に乗せて綴り、歌いながらも俳優業をこなし、気づけば7年の月日が経っていた。
誰もが知るアイドルへと地位を上げた律仁だが今回の仕事は少しばかり緊張していた。
「ねぇ、律仁。皮肉だと思わない?」
「ああ、まあ、そんなもんだろ?」
前半戦のレコーディングを終え、録音室でチェックをしているプロデューサーの指示を待つ中で、今や事務所内の大先輩にあたる鈴奈もとい、雪城レイナに問われて返事をする。
「あら、意外と冷めてるのね。今更、私たちの歌を歌わせられるなんて、散々反対してたくせに事務所は何考えてるのかしら」
「仕方ないじゃん。路上ライブ時代のファンがリクエストしてきたんだろ。最近、非公式で当時の映像動画で流されてるみたいだし。歌詞と曲をアレンジして歌えるだけマシだろ」
今回、来年の『浅倉律、芸能活動』10周年ファン記念感謝祭のコンサートに合わせたアルバムの収録曲で律が鈴奈に当てた曲をアレンジを加えて収録することになった。
きっかけはある日突然、動画サイトに二人の当時の映像が流されたことであった。
話題な二人なだけにあっという間に再生回数が100万を超え、良からぬ噂が経つのではないかと事務所内はヒヤヒヤしていたが、思いの他絶賛の声が多かった。
『自分の恋愛と重なって泣ける』『流石レイナの原点って感じ。律もこの頃から才能あったなんて最高』『推し同士組んでたことあったなんて神!!』などと是非とも音源として発売して欲しいと要望があったため、律のアルバムに収録することになった。
「そうね、あれ。律仁の私に当てたラブソングだったものね」
悪戯な笑みを浮かべて小突いてくるレイナの否定できない事実に彼女の肩を軽くグーパンチをして照れ隠しをする。
「うるせぇわ」
彼女の結婚の知らせを聞いた時は一生立ち直れないと思った。それくらい自分には彼女しか居ないと思っていたからだ。
けれど月日と共に自然と気持ちは整理がついていった。今では負けられない存在と言った方が正しいかもしれない。
「上手くいってんの?」
「もちろん」
嬉しそうに左手薬指の指輪を見せびらかす彼女から幸せオーラがでている。
「そう、それは良かったな」
「おっ、ちょっと妬いてる?」
「なわけ、ないだろ。もう何年経ったと思ってんだよ」
「でも男の人って初恋に淡い夢を見るって言うじゃない?」
見た目は当時と変わったとしても、律仁をからかってくる性格は変わらない。
「どこの誰の話だよ」
淡い夢を見るはあながち間違って居ないかもしれない。気持ちに整理はついていても懐かしむことはある。あの初めて彼女の歌う姿を見た日のことを……。
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