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「いい人はいないの?」
「それ知りたい?」
いない訳じゃない……。
その人のことを想うと自然と笑みが零れてくるくらいの人がいる……。
むしろ手に入れたいくらいの人がいる……。
「何その言い方、でも世間的には気になるはね。トップアイドル浅倉律の恋愛事情は」
「まだ口説き中だから教えなーい」
世間がなんて言っているけど、素直じゃない彼女の強がりだってことも知っている。
けれどレイナだって俺に一切告げずに結婚を決めたのだから教えてやる義理はないと悪戯心から舌を出してあっかんべーをした。
レイナはそんな律仁を見た後で眉を寄せて、口元を歪める。
「うわ、ここまで話しといて、性格悪っ。どんな性格かくらいは教えなさいよ」
両腕を組んで膨れる彼女が面白くて笑う。
教えたくないけど、やっぱり話したい気持ちがあった律仁は少し悩んだ末、「うーん、レイナより優しくて。弱虫だけど芯の強いかっこいい子。それと、律じゃない俺を見てくれてるところ」
「ふーん、私よりは余計だけど。……上手くいくといいわね」
彼女も思い当たる節があるのか深く頷く彼女真意は分からないし、俺の勘違いかもしれないが、多少なりとも俺に対する後悔のようなものが見えなくもなかった。
すると、録音室から「レコーディング再開しまーす、Aメロ前の間奏から」という声がかかる。二人揃って録音室に向かった返事し、ヘッドホンをレイナが装着しようとした時、ふと律仁はひとつだけ彼女に問いたくなったことがあった。
「なぁ、鈴奈……」と呼びかけると、彼女はヘッドホンを片耳だけズラす。
「俺と歌ってて楽しかった?」
「それは……歌ってみたら分かるんじゃない?」
曖昧に答える彼女は相変わらずだけれど、笑顔に嘘偽りはないように見えた。きっと十代の公園で共に歌っていた時と一緒だ。
そんな僅かな答えだけでも過去の自分は報われただろうか。
決して彼女との出会いは無駄ではなかった。
じゃなければ誰かを慈しむ心も悲しみも歌う喜びも芽生え無かったかもしれない。
不貞腐れたままのろくでもない奴になっていたかもしれない。
彼女とはそれぞれの違う道を歩んでしまったけど、俺は多分歌うことをやめることはないと思う。
もう彼女のためでは無くなってしまったけど、今は届けたい人がいる。
俺の歌を浅倉律を望んでくれる人達のために歌い続けたいと思う。
間奏が明けて、彼女の歌声がレコーディングスタジオに響き渡ったとき懐かしさと共にまだ片思い中だけど愛おしい人の顔が浮かんだ。
END
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