大八車 特使探索方控②

三 鶏飯

　夕刻。
　唐十郎が日野道場から戻り、唐十郎の長屋で夕餉になった。
「桝屋と井筒屋の名をしゃべった後、車引きは口を閉ざしたまんまで、亀甲屋の名は出てこねえんで」
　藤兵衛は、昼前に起きた車引き同士の暴動を説明し、妙だ、と言った。正太も思いだして呆れている。
「御触書により、車の引手、持主、雇主も処罰する。町方が調べるだろう」
　唐十郎は大八車の関係者の連帯責任を思った。定めにより、事件が起こると首謀者のみならず、関係者に連帯責任が負わされる。そのため、江戸の犯罪は少ない。

「亀甲屋は、藤兵衛と正太が特使探索方配下とは知らぬのか」
　大八車の騒動は町方の担当で、特使探索方の担当は斬殺の特殊事件だ。

「知らねえと思います」
「亀甲屋の主の藤五郎は日本橋界隈を牛耳る香具師の元締めだ。
　藤五郎が車引きと雇主を口止めたか、あるいは車を桝屋や井筒屋へ売ったかだ。
　藤兵衛が車の注文を町方に話せば、亀甲屋から何をされるか分からぬ。桝屋と井筒屋への聞き込みは止めておけ。いずれ町方が明らかにする。
　今は様子を見る方がよいが、亀甲屋の動きが気になる・・・」と唐十郎。

「車の転売はありませんぜ。と言うのも、車一台は一両を越えます。亀甲屋が転売すれば二両は取りましょう。そんな値の張る車を、誰が買いますかね」と藤兵衛。
「直に注文する方が安上がりだが、香具師に脅されれば、買うやも知れぬぞ」
　唐十郎は、亀甲屋藤五郎が大店の主を脅していると思えた。

「それとなく、探るってもんですかね」
　正太が唐十郎にそう尋ねた。
「藤兵衛と正太は日本橋界隈では知られ過ぎている」
　唐十郎はどうすべきか考えた。

「さあさあ、話はそれくらいにして、食べとくれ。鶏の炊き込み飯がちっとも減ってないじゃないか。正太、酒ばかり飲んでないで、飯も魚もお食べ」
「話がおもしれえもんで、ついつい飲んじまいました。そんじゃあ鶏飯をお願いします」
　正太はお綾に飯茶碗を渡した。
「藤兵衛さんも如何ですか？」
　あかねが藤兵衛に鶏飯を勧めている。
「へえ、お願いします」
　あかねに飯茶碗を渡し、藤兵衛が恐縮している。

　亀甲屋が大八車を転売して転売先へ車引きをさし向けていれば、暴動を起こした車引きが亀甲屋の名を語らぬのは頷ける。
　一方、大八車の持主が亀甲屋なら、香具師仲間を使い、藤五郎が車引きと枡屋と井筒屋に口止めした疑いがあり、車引きと雇主は嘘偽りの罪状に付される。大八車の持主の藤五郎には、大八車の持主に加え、脅しの罪状が追加される・・・。
　そう考える唐十郎に、
「唐十郎様も夕餉をお食べ下さい」
　あかねは笑顔で鶏飯を勧めた。