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十三 葬儀
藤兵衛と正太が弥助の家に着いた。庭に唐十郎たちがいた。
藤兵衛が仁吉の話を説明すると、唐十郎は藤兵衛と正太に、石田たちを紹介した。唐十郎と石田たちは太吉に会いにゆこうと思い、白鬚社を出たところで、弥助の葬儀を知らせる使いに会っていた。
「藤兵衛たちも、太吉さんの身を案じて来たのか」
「はい。太吉さんはどこに」と藤兵衛。
「奥の仏間で弥助さんに別れを告げている」
太吉は、弥助を襲った下手人が再び襲撃すると見越し、昨夜の弥助の通夜を皆で警戒してひっそり行なうよう、隅田村の衆に口添えしていた。
藤兵衛の問いに石田が答える。
「私たちと弥助さんと太吉さんは、共に下肥を買付けた仲間です。
弥助さんが殺害されたとなれば、太吉さんも村の衆も、皆が身を案じます」
「昨夜は異変がなかったんですね」と藤兵衛。
「村の衆が協力して警戒したおかげで、被害はなかったようですが、浪人者が近所をうろついていたのを、村の衆が見ています。注意が必要かと」
またまた石田は、唐十郎に話していない事を話した。
「石田さん。白鬚社の番小屋の二人に、害が及びませぬか」
唐十郎は、白鬚社の番小屋に残っている二人の浪人が気になった。
「なあに、あの二人は私より凄腕にて、心配はござらぬよ。
それより、太吉さんです。今後、どうしてよいものか・・・」
四六時中、太吉を警護していては、石田の稼ぎが無くなってしまう。石田は考えあぐねている。
「然らば、こうしては如何か・・・・」
唐十郎は石田と藤兵衛と正太に耳打ちした。
そうこうしている間に、肥問屋吉田屋の仁吉が手代と共に、武家風の男三人を連れて弥助の家に現われた。これから葬儀なのに、仁吉が見慣れぬ武家風の男三人を連れているのは実に奇妙だ。身なりを整えても三人は明らかに浪人だ。
この三人が、吉次郎が仁吉にさし向けた警護の者か。お藤が居らぬが、どうしたのだろう。もしやして、お藤は監禁され、仁吉は浪人たちに脅されてここに来たのではあるまいか・・・。
唐十郎がそう思っていると、仁吉は唐十郎たちに挨拶し、
「吉田屋吉次郎が手をまわし、皆さんの警護に、この者をさし向けました」
と、意味ありげな眼差しで説明した。
浪人三人は廻船問屋吉田屋に雇われている浪人だ。廻船問屋吉田屋には、他に何人もの浪人が居て、同業筋の脅しや揉め事から吉田屋を警護している。整った身なりに反し、浪人三人から漂う気配は、石田たちの穏和な気配とはほど遠く、何処からか血の匂いが漂うように殺伐としている。
この者たちが同業の問屋筋を脅し、廻船問屋吉田屋が利を得るよう、あえて揉め事を起こしていたのではあるまいか。さすれば、葬儀の列席者を警護に来たのではなく、肥商いの縄張り荒しを始末に来た刺客であろう・・・。
石田も唐十郎に同感して、唐十郎だけが分かる程度に頷き、石田たちの仲間二人に警戒するよう目配せした。
仁吉は、唐十郎たちが浪人三人を刺客と推察したのを感じた。
仁吉は浪人三人に、家の周りを見張るように言い、弥助の家へ歩いた。
すると、浪人二人が家の入口の左右に立った。一人が仁吉の背後に付き添い、仁吉と共に家に入ろうとした。そして、その浪人が如何にもわざとらしく、家の入口近くで浪人を見ている藤兵衛の方へふらりとよろめいた。浪人の左肩が藤兵衛の左肩に触れ、刀の鞘が藤兵衛の腰に触れた。浪人の立ち位置は、仁吉の背後からは左に離れた、藤兵衛の横だ。このまま歩いても、家の入口には行けぬ。それほど大きく行く先を左へ逸れていた。
「無礼ものめっ」
振り向き様に、浪人が抜刀した。いっきに藤兵衛の背を左肩から右脇腹へ袈裟懸けに斬りつけた。浪人は左半身、刀の柄尻を右手で握って打刀を鞘から抜き、鍔元を左手で握っている。左利きだ。
藤兵衛はいち早く浪人の殺気を感じ、飛び退いていた。藤兵衛はただの大工ではない。元は某藩に使えていた武士である。
浪人が抜刀すると同時に、唐十郎は素早く抜刀し、藤兵衛を袈裟懸けに斬る浪人の左手首を刀の峰で激しく打ち据えた。浪人の左手首がへの字の逆に曲がった。
「ウオオッ」
浪人は呻き声を上げた。打刀を落し、その場に跪いた。すぐさま、家の入口左右にいる浪人二人が抜刀して唐十郎に斬りかかったが、石田たちに肩や脇腹を峰打ちされ、その場に倒れた。
「藤兵衛っ。正太っ。縄をかけろっ」
藤兵衛と正太が細引き縄で三人を捕縛した。
庭先の騒ぎを聞きつけ、家から弥助の家族と太吉が出てきた。入口近くにいる仁吉が太吉に状況を説明しているあいだに、仁吉の背後から、仁吉が連れてきた手代が身を潜めるように弥助の家の裏手へまわった。
「藤兵衛っ。捕えろっ」
唐十郎の指示で、藤兵衛と正太が手代を追った。手代は家の裏手で藤兵衛に捕縛された。
「どこへ行く気だっ。答えねえと、弥助を殺害した一味として村の衆に渡すぞっ。
渡したらどうなるか、分かるだろうっ。白鬚社の松の枝にぶら下がりてえかっ。
それとも、畑の肥溜めに沈められてえかっ。どっちだっ」
「・・・」
手代は俯いたままだ。
「ならば、村の衆に渡すかっ」
藤兵衛と正太は、手代を家の表へ連れていった。
家の庭先で、唐十郎は浪人たちを尋問したが三人は口を割らない。手首を叩き折られた浪人の刀を見て、
「この刀の曇りは血だ。しかも左利き・・・。
おめえらっ、弥助を殺ったなっ。只じゃすまねえぜっ」
いつもは穏やかな唐十郎の口調が変わっている。
「ここにゃ、御上の者はおらぬ。村の衆にお前たちを渡して吐かせようと思う。
まあ、吐く前に、殴り殺されるのが落ちだ・・・」
唐十郎がここまで話しても、捕縛されて三人は唐十郎の言葉を単なる脅しと思っている。
「仁吉さん。この手代は亀甲屋にいた奉公人か」
藤兵衛は、捕縛した手代の襟を掴み、仁吉の前へ突きだした。
「亀甲屋が取り潰しになるふた月ほど前、藤五郎が、吉田屋吉次郎の知り合いの倅だと言って連れてきた、奉公人の与平です。
与平の親は死に、身寄りは居ないとの事でした。私はそう思って目をかけてきたのですが・・・」
「与平はその死んじまった親に、浪人が殺しに失敗した事を、知らせたいらしいぜ。
村の衆に、よーく、顔を見せてやれっ」
藤兵衛は、与平の髷を掴んで与平の顔を村の衆に晒した。
「此奴らを捕縛した事を、与力の藤堂様に伝えたい」
此奴らが戻らねば、此奴らの仲間が襲ってくる。村の衆が襲われると分かっていながら、ここを動くわけにはゆかぬ・・・。唐十郎は考えこんだ。
藤兵衛は唐十郎の思いを読んで、小声で正太に告げた。
「この事を日野先生と与力の藤堂様に伝えろ。
橋場の百姓渡しは危険だ。鐘淵から橋を渡って千住へ行け。千住の大橋を渡ってゆけ」
「そんな遠回りしたら日が暮れますぜ。橋場の渡しを使います。
もうすぐ昼だ。浪人仲間が動くのは、昼餉のお斎が済んでも彼奴らが戻らねえとわかってからだ。橋場の渡しを使います。もしもの時は、百姓を真似ますんでっ」
そう言って正太は笑い、弥助の家の裏手から、白鬚社前の街道へゆく隅田村の道を走っていった。
昼四つ(午前十時)を過ぎた。この時分なら、此奴らの仲間も昼餉を食うだろう。動くとすれば、此奴らが帰らぬと知る、昼餉後だ・・・。
藤兵衛は正太の考えに納得していた。
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