下肥騒動 特使探索方控③

十六 鎌鼬

　夜九ツ半（午前一時）。　
　天井板が外れた。黒い影が音も無く廊下に舞い降り、背の刀を使って天井板を元通りにし、廊下の障子戸を引いて雨戸の閂を外し、音も無く雨戸を開けた。
　戸外から音も無く、黒い人影が廊下に上がった。もう一つの黒い影が雨戸を閉めて閂を掛け、障子戸を閉めた。
　その間に黒い人影は奥座敷の障子戸を引いて中へ入った。黒い影は黒い人影を追うように奥座敷に入り、障子戸を閉めた。

　黒い人影は、褥で眠っている吉次郎の右側に立った。
　気配に気づいて吉次郎が目覚めた。有明行灯の薄明りに浮かんだ黒い人影に気づき、吉次郎が床の間の刀に右手を伸ばそうと身体を左へ捻った、その瞬間、黒い人影が抜刀し、吉次郎の右頸動脈と喉を鋒で刎ねた。吉次郎は声を出せぬまま、血潮が噴き出る首筋を押さえたが、まもなく事切れた。

　吉次郎を確認し、黒い人影は懐紙で刀身に拭いをかけて鞘に納め、懐紙を懐に入れて黒い影に頷き、屈むように膝を折った。
　黒い影は黒い人影の膝と肩を駆け上がり、座敷の隅の天井へ舞い上がった。そして、天井板を外して屋根裏に入り、太い麻縄を座敷に垂らした。
　黒い人影は麻縄を掴むといっきに屋根裏へ登った。
　天井板が閉じ、奥座敷に吉次郎だけが残った。廊下にも奥座敷にも、戸外の土や砂は残っていなかった。