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②
甘ったるく饐えたような独特の匂いに気付いたのは、今から30分ほど前のことだった。
会話におよそ20分割いたことを考えると、正確には10分ほど前に獲物を見つけたことになる。
「まっ、まさか偶然だろう?」
『あら? まだそんなことを言うの? 何ならまた適当な願いを叶えてみる? もちろん、私としてはお勧めできないけど』
それは性根が腐りきった人間だけが発するもの。私たち悪魔にとって、価値がある魂にしか出せない匂い、だ。
「いや、大丈夫。しっ、信じるよ」
『2つ目はどうする?』
この男の魂は、その匂いが特に強い。もしかしたらそれは今までで1番かもしれない。
「ちょっと待ってくれ。こればかりはさすがにゆっくり考えたい」
『残念、それはできない決まりなの』
「決まり?」
『そう、決まり。守らなければいけない悪魔のルール。3つの願いは1時間以内に叶えないといけない』
嘘だ。
「1時間以内か。なるほど……」
『考えてもみてよ。もし時間に限りがなかったら、人間次第で私たち悪魔はずっと解放されなくなってしまうわ』
「確かに」と腕を組んで何かを考え込む男に、こちらを疑う気配は微塵もない。
何がなるほど、何が確かに、だ。私は胸中で悪態をつく。
わかったような顔をして腹立たしい。愚かにもほどがある。だから人間はいつまで経っても下等なままなのだ。
「芸術家の道を歩むのも良いし、俺を馬鹿にしたヤツラに復讐するのも面白いな……」
悪魔のルールなんてものは存在しない。
「いや、せっかくならこの国の支配者になるっていうのもありか」そんな都合の良いもの存在するわけないじゃない、ブツブツと独り言を噛み砕く男に私はそっと心でつぶやく。
あるのはただひとつ。
願いを全て叶えた時点で(寿命に関係なく)人間の魂は悪魔にその所有権を譲り渡す、というものだけだ。
『支配者、素敵ね』
「そうか? アンタもそう思うかい?」
何故、人間はここまで愚かなのだろう?
『ええ、なかなか魅力的な願いごとだと思うわ』
「へへへ」
何故、自分の頭で考えるということをしないのだろう?
私のついたこの嘘がたとえ真実だったとしても、何ら疑うことなくそれを鵜呑みにする道理なんてないのに。
「アンタにそう言われると何だか嬉しくなるな」
ちょっと考えればわかること。それすらも放棄した者に生を全うする資格なんぞあるわけがない。世界はそんなに甘くない。
──馬鹿が。
『残り50分』
それは未来永劫終わることがない地獄に、男が飛び込むまでの儚いタイムリミットだった。
悪魔に魂を譲渡したが最後、その魂は永遠に悪魔の慰みものとなる。
「そうだな。それじゃあとりあえず、この国の支配者になる運命を辿らせてくれ」
『運命を辿る? 別にそんな遠回りをすることないわ。支配者になりたい、そう願うだけで良いのよ?』
「いや、せっかくなら俺はトップになるまでの過程も楽しみたいんだ。この国でテッペンとったあとは、自分の力で世界を支配してやる」
『ふうん……』
「できるか?」
──できるか? ですって?
思わず出そうになった舌打ちを何とか堪える。
できないわけがない。
──搾取されるだけの下等生物が何を偉そうに。
パチンッ!
「おおっ!」
私は普段より強めに指を鳴らした。
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