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③
「俺はさ、もともとは画家になりたかったんだよ」
2つ目の願いを叶えてから30分ほどが経過したころ。
茫洋とした表情で遠い目をしていた男が突然そうつぶやいた。
『画家?』
「ああ。美術学校を受験していて、その合格発表が今日……正確には昨日だな、だったんだ」
結果は押して知るべき、か。
その美術学校とやらに受かっていたら、男もこうしてここに来ることはなかったのだろう。
「最初はとてもショックだったけど、今では不合格で良かったと思ってる」
何てツイてない人間なのか。
「もちろん強がってるわけじゃないぜ? そりゃ少しは残念な気持ちはあるけどさ」
目標を達成できなかっただけでなく、魂まで奪われるなんて。
──実に不運だ。
「自分の願いが叶えれる! ってなったとき、俺が本当にしたかったことは芸術じゃないって気づけたし、支配者になることも約束された」
そんな私の思いを知ってか知らでか、男が話を続ける。
「もし美術学校に合格してたら、俺は自分の本心に気づくことなく歴史に埋もれていただろうな」
『……』
男の表情が変わった、ような気がした。
「そう、俺はこの国の支配者になって優秀な民族だけの世界を創りたいんだ。劣等民族なんていなくなれば良い。俺はドイツ民族の優秀さを世界に知らしめたいんだよ」
双眸は活力に溢れ、形の良い眉は顔面中央にギュッと寄せられている。
そして。
『残り10分』
匂いはより強くなっていた。
──やはりコイツは上物だ。
ここまで強い匂いは嗅いだことがない。
つまり目の前の男は類を見ないほど下劣で卑しく最低な人間ということであり、我々悪魔にとって最上の獲物だということになる。
──あと少し……。
高鳴る鼓動が内側から胸を叩く。
『残り9分』
「あまり焦らせないでくれ。最後の願いはもう決めてるんだ」
未だ無駄話を続けたい様子の男が、諭すかのようにそうつぶやいた。
あまり焦らせないでくれ。その物言いに多少腹が立ったものの、それは私の気分を害する程度ではなかった。
むしろ今となっては、この時間を楽しむ余裕さえある。
「アンタの言う通り、世界は本当に希望で満ちているらしい」
『フフフ、それは良かったわ』
これからもよろしく、ね。
聞こえるか聞こえないかの大きさで、私は吐息と一緒に言葉を吐いた。
「で、願いなんだけど」
──きたッ!
ドクンッ。
「叶える願いを100個に増やしてほしい」
満面の笑みを顔中いっぱいにたたえ、男がそう言った。
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