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五 検視
翌朝、長月(九月)六日。
明け六ツ(午前六時)、快晴。
男三人が両国橋の西詰めで変死している、と北町奉行所に知らせが入った。直ちに、知らせは八丁堀の与力組屋敷に住む与力の藤堂八郎に伝えられた。
藤堂八郎は八丁堀の同心組屋敷に住む同心たちに指示した。
「岡野。竹原先生と日野先生に知らせろ」
「はい」
同心岡野智永は下僕を使い、岡っ引きの鶴次郎と下っ引きの留造を使いに走らせた。
藤堂八郎は同心岡野智永と松原源太郎、野村一太郎を連れ、小半時余りで両国橋西詰めの現場へ駆けつけた。まもなく同心の手下たちと共に、町医者竹原松月と日野徳三郎が早駕籠で駆けつけた。
明け六ツ半(午前七時)
検視の結果、三人は鋭い物で目を突かれ、その物が頭の内部に達したことが死因と判断
された。
「手際が良いですな・・・」
徳三郎がそう言った。三人は刀の柄に手をかけたまま仏になっている。
「下手人は仏たちに手が届く所に立っていた。立ち位置はおそらく三人に囲まれた真ん中であろう。そして、三人に刀を抜く間を与えず、一瞬に、鋭い物で目を突いた」
説明しながら徳三郎は思った。先の先だ。江戸市中にこのような事ができる者は少ない・・・。おそらく、最近横行している辻斬りに、鎌鼬が天誅を下した・・・。
「鎌鼬の仕業でしょうか」
医者竹原松月の問いに、徳三郎は、おそらく鎌鼬の仕業だろうと思ったが、
「何とも言えませぬ・・・」
と答えた。そして、藤堂八郎に問うた。
「藤堂様。身なりから見て、仏がいずこの家臣かわかりますかな」
「今、家紋と持ち物で調べています。今しばらくお待ち下され」
なぜか藤堂八郎は、日頃にもまして低姿勢だ。
徳三郎は、藤堂八郎が仏の身分を気にしているのを感じた。藤堂様は、仏が大名家の家臣ならば町方は事件に関与できなくなる、と考えている・・・。
「藤堂様は、仏がどこぞ大名家の家臣とお思いか」
「うむ。大名家の家臣となれば、事件は評定所扱いじゃ・・・」
「そうとも限りますまい」
旗本の家来、藩士とその家来が町奉行所の管轄地で犯罪を犯した場合は町奉行所で裁く事になっている。こたびの事件で三人は被害者だ。下手人は鎌鼬であろう・・・。
「藤堂様。この手形は・・・」
同心松原源太郎が、仏の持ち物を調べ、懐にあった手形を藤堂八郎に見せた。
「これは、水戸徳川家の外出宿泊許可の手形だ・・・」
藤堂八郎は、事がいよいよ面倒になったと思った。
「松原。手形を持参して水戸家の上屋敷に、三人の家臣が仏になっている、と伝えろ」
「はい。知らせます」
松原源太郎は手下の岡っ引きと下っ引きを連れ、両国橋西詰めの現場から通りを西へ、小石川の水戸徳川家上屋敷へと走った。
「水戸徳川家家臣が殺害されたとなると、御上に圧力が掛かる。事件の采配は水戸徳川家と評定所扱いに・・・」
藤堂八郎はそこまで話して口を閉ざした。
徳三郎は思った。ここ両国橋西詰めは江戸市中だ。おそらく、水戸徳川家家臣を仏にした下手人は鎌鼬だ。家臣ではないだろう。町奉行は事件解決の采配を水戸徳川家に渡しはすまい・・・。
しばらくすると陣笠を被った紋付羽織袴の武士の騎馬が、手下の二騎馬を連れて駆けつけた。
「水戸徳川家上屋敷留守居役、後藤織部じゃ。その者たちは当家の家臣にあらず。
手形は、先日、盗まれた物じゃ」
後藤織部は仏が持っていた手形を与力の藤堂八郎に示し、足軽頭が仏の男三人を手引きして水戸徳川家上屋敷に盗みに入った折、紋付羽織などと共に盗まれた手形だ、と説明した。
「よって、この一件、当家とは無関係じゃ。これにて失礼仕る」
後藤織部はそう言って轡を返し、馬の腹を鐙で蹴った。後藤織部と手下の三騎は両国橋西詰めから駆け去った。
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