AIは嘘をつけない

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 ――実験は成功した。  アポロンは蓄積された息子のデータから行動を常に予測し、転倒や誤飲といった幼少期に起きる事故を警告、それらを未然に防ぐ事ができた。更には細かな体調の変化を把握する事で、息子は五歳になるまで病気とは無縁の生活を送る事ができたのである。  この結果により、実験と研究は拡大していく事となった。  人体にマイクロチップを埋め込み、未来をAIに任せる事に対する非難や批判、不安の声は多く出たが、アポロンによって幸福に過ごす人間が増えていくにつれ、そんな声はいつの間にか聞こえなくなっていた。  アポロンの被験者が増える事で、アポロンの未来予測の精度と範囲は飛躍的に向上していく。  五十年が経ち、事故、病気、犯罪、これまで運が悪かったと諦めるしかなかった出来事による死傷者は十分の一にまで減少した。そこから五十歳以下に限定した場合の死傷者数は数えるほどで、その被害者、加害者の全てがマイクロチップを埋め込まれていない人間だった。  アポロンの稼働から百年、全人類にマイクロチップが埋め込まれた事により事故、病死、犯罪による犠牲者はゼロになった。  人類は遂に不運による死から逃れる事ができたのだった。  世界はアポロンを中心に回っている。  誰も失敗しない、不幸にならない世界が完成したのだ。  しかし、人類が寿命以外の死から逃れた結果、新たな問題が浮上する。  爆発的な人口増加による食糧難や経済格差が深刻なものとなっていた。  このままではいずれ、人類は滅びてしまうかも知れない。  そう考えた人類がアポロンに助けを乞うも、人類の未来を予測するだけのAIはただ、計算によって導き出された事実を述べる事しかしなかった。 「これより十年後、人類は自らの手によって地球上から消滅するでしょう」  それがアポロンの出した答えだった。  すると、人間の中でこんな声が聞こえ始めた。 「そんな訳ない、アポロンは嘘つきだ」 「そもそも、こんな状況になったのは全てアポロンのせいだ」 「アポロンは人類を滅ぼすために作られたAIなのかも知れない」 「アポロンはこれまで、我々人類を欺いてきたのではないか?」  しかし、人類はAIが嘘をつけない事を知っている。 「もしかして、アポロンに嘘をつかせた人間が居るんじゃないか?」 「裏でアポロンを操っている人間が居る」 「それが本当なら、もはやアポロンの未来予測は信用できない」  そうして、アポロンの機能は停止された。  世界は少しずつ疑心暗鬼の闇に飲まれ、世界中で犯人探しが始まった。  徐々にエスカレートしていく犯人探しにより、遂に数十年ぶりの殺人事件が発生した。最初の犠牲者はアポロンの運営、メンテナンスを行っている従業員の一人だった。  次の犠牲者は過激派グループのメンバー、犯人はグループによって殺された従業員の家族。  復讐が復讐を呼んだ。復讐の炎には絶えず憎悪の燃料が投げ込まれた。  その炎が消えることはなく、十年をかけて町を、都市を、国を、そして遂には世界を焼き尽くした。  アポロンの未来予測は完璧だったのだ。
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