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二人が見えなくなるまで見送る彼の後ろから、看護師の一人が声をかける。顔を寄せて行われる会話の内容は須田には聞こえない。
「じゃあ、カウンセリングルームにご案内しますね」
「ありがとう」
二人のその言葉だけがはっきり聞き取れた。気もそぞろに最後の診察を終えた須田は、さりげなくカウンセリングルームに近づく。
ちょうどいいタイミングだった。部屋の中から笑い声が聞こえ、すぐに扉が開くと、何か心配ごとが解消したかのように晴れやかな表情の患者が現れた。
「すみません、忙しい先生に変なこと聞いちゃって。はは、俺はドラマの見すぎだな」
「いやいや、最近のはよく出来てますから、そう感じられるのも仕方ないですよ」
「へぇ、先生でも見たりするんですか?」
「最近の『心臓外科医 杉本太郎』? あれは面白かったですね」
「ええっ、私も好きでね、リアルタイムで追ってましたよ」
そんな会話をしながら和やかに患者を見送った男に、須田はまるで偶然そこに居合わせたかのように近づいた。
「伊藤さん、大丈夫だった?」
ちらりと須田に向ける男の顔には、もう先ほどまでの笑顔はない。
「ああ。大丈夫だよ」
「さすがぁ、木佐先生」
言葉に反して、須田は目元にいやらしい笑みを浮かべている。
「自分の手術日があんな急に変えられたら、そりゃ疑問も持つよねぇ」
木佐はそれには答えず、顔色を変えることもない。
「伊藤さん、疑ってたでしょ? この病院に細田議員が入院したって噂と何か関係があるんじゃないか、って」
「声が大きいよ」
ごめんごめん、と顔の前で謝る手振りをしながらも、須田は続けた。
「実際は、上の指示で細田議員の手術が優先させられたなんて知ったら、どう思うんだろうね」
「知らないほうが幸せだ」
そう言い切る木佐の顔には、柔らかさも感情もない。
須田は彼の背中を見送り、声が聞こえない距離になってからぼそりと落とした。
「優しい顔かぶって、怖ぇよなぁ」
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