32.国王side

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32.国王side

   婚礼衣装のサイズを測っているノアは顔を真っ赤にしている。  先に婚姻届を提出してある。  オリバーとの養子縁組もそうだ。  これでノアが俺から逃げることは無い。  もっともこの後宮で逃げ切れるとも思えねぇが用心に越したことは無い。    ――――漸く俺のモノになった。  やっと手に入れた。  ずっと欲しくて欲しくて仕方がなかった。  その存在を手に入れたのだ。  もう決して逃がしはしない。  俺に見つめられているのに気付いたノアが恥ずかしそうに頬を染める。  ククッ。  ノアは昔からちっとも変っていない。  実に素直な性格だ。  本人は気付いちゃいないが美形にめっぽう弱い。  恋愛対象にない男のライアンの恋人に納まっていたのも、そのせいだろう。周囲はライアンの執拗な求愛に根負けしたと思っているようだが。ま、実際それもあるが、一番の要因はライアンの美貌に靡いたのが大きい。  美人は三日で飽きると言うが、()()()()()は全く飽きない。  容姿の美しさなら直ぐに飽きちまう。  だが、洗礼された身のこなし、鍛え抜かれた精神、頭の回転の速さ。それらは決して飽きさせないものだ。  雰囲気美人ってのがいる。  十人並みの容姿でも何故か美人に見えちまうやつだ。  ノアはその典型だった。  育ちの良さと愛されて育ったのが直ぐに分かる。  俺やライアン・キングみたいな奴は喉から手が出るほど欲しいものだ。  さっきの態度といい、ノアの反応は悪くない。  この調子でノアを徐々に攻め落としていく。な~~に、時間はたっぷりとあるんだ。  俺はライアン・キングのようなヘマはしねぇ。  押しだけが強い男とは一味違う事を証明してやる。  あの男にない物を俺は持ってるからな。  オリバーの存在が俺とノアを繋いでくれる。  情の厚いノアの事だ。  オリバーがいる限り「離婚」なんて言い出さない。まぁ、オリバーが成人すれば話はまた違ってくるかもしれないが、まだ時間はある。それまでに、ゆっくりじっくり落としてやるぜ。真の意味で俺のモノになるのはそう遠くない未来だ。  ――ククッ。待っていてくれよ? 必ず俺のものにしてみせるからな。    クラルヴァイン公爵は、執務中の間は無駄話を一切しない男だった。  何故、過去形なのかと言うと……。   「陛下、ノア殿はこちらでの生活に何かご不自由はありませぬか?」 「公爵が気にすることではない」 「おや、そうは参りません。私はノア殿の後見人なのですから」 「お披露目もされていないのだから気を使う必要なないだろう?」  これで何度目だ?  やれ、ノアの好物は何だ。  やれ、ノアの趣味は何だ。  やれ、ノアの嫌いな物は何だ。  とまぁ、質問の多い事で。 「そう、仰らずに。ノア殿は華美なものを好まれないとお聞きしています」  誰だよ!?  話した奴は!!  そういえば公爵家所縁の女官や文官は多い。奴らにでも聞いたのか? 「大変な読書家のようですしね」 「確かに本はよく読むが、ノアの場合専門書が多いぞ?」 「ノア殿は魔法薬師でございましたね。ならば温室の方が宜しいでしょうか?」 「……何の話だ?」 「勿論、ノア殿に献上する薬草園の話でございます。私も調べましたところ、薬草はかなり種類が多く中には気候に左右される物やその土地ならではの物もあるそうです」  いらん! いらん!! 絶対、必要ない!!! そんな俺の心の声など知る由もない公爵は、嬉々として話を進めていく。  このままだと近い将来本当にノアの住む離宮に温室付きの薬草園が出来そうだ。   「そういえば最近王都で流行っているお菓子がありまして、ノア殿にも食べて頂きたく存じます。今度持参いたしますよ」  おい、菓子なんかどうでもいいだろう!? 俺は思わず声に出そうになった言葉を飲み込む。そして頭の中で悪態をついた。  大体なんでこうなった??  公爵は先程言った通り、あの一件以来ずっとノアに入れ込んでいて会うたびにこんな感じなのだ。  最初は「孫が大変世話になったので何かお礼の品を贈りたい」「我が家で歓迎したいのだ」とか言ってくる。仕事が終われば後宮のノアの離宮に頻繁に顔を出しているが、来すぎだろう?!  文句を言っても、「孫の顔を見に来たのです。何か問題でも?娘の忘れ形見なのです。会っておかねば後悔します故」と一蹴された。そんな公爵の言葉にノアは感動したらしく「何時でもお越しください」と言って、公爵が来る時は彼の好物の茶菓子まで用意する始末だ。 「陛下、御安心ください」 「なにがだ?」 「私は歳よりなのです。下心などありません」  余計に心配だ。  公爵は自分で言う程年を食ってないしな。  まだまだ現役だ。  よく「老い先短い老人ですので」とか抜かしているが六十の癖になにが「老い先短い」だ。その言葉がノアに効くと思って言い始めた事を俺は知ってるんだぞ!! 「私もあれこれとノア殿が喜びそうな物を離宮に()()()()はおりますが、やはり薬草関係に勝る物はないようです」  ん?  公爵の言葉に聞き捨てならない言葉があった気がするぞ? 「運ばせている?」 「はい、流石に薬草をそのまま渡す事はできませんのでレプリカの収集品や珍しい草花の絵を集めた物などを送っています。それに、ノア殿は甘い物がお好きだと聞きました。その為に砂糖漬けなども取り寄せております。他にも――――」  なんだ、それは!!?  聞いていないぞ!!!  そう言えば以前、侍女達から「最近のノア様はとても楽しそうで何よりですわ」等という話を聞いた記憶がある。 「公爵、何のつもりだ?」  思わず低い声が出てしまうのは仕方がない。 「陛下、釣った魚に餌をやらないのはどうかと思いますよ?」  公爵が呆れたように呟いた言葉が妙に胸に突き刺さったが無視だ、無視!!  その後しばらく公爵との攻防が続くのだが、この男には敵わないと思い知らされただけだった。そして自分が指輪以外まだ贈り物をしていない事に気付かされた。  その後、公爵が結婚祝いと称して離宮に大規模な薬草園と温室を用意する未来が待っていた。その規模は王宮の薬草園を凌駕し、数年後には「王妃の薬草園」として有名になっていく事はまだ誰も知らない。
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