39.男爵令嬢side

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39.男爵令嬢side

 どうして……どうしてなの!?  予定通り妊娠して全てが上手く回っていたのに!!!  愛するライアンの子供。  しかも男の子を生んだ。  なのに……結局一番の望みは叶わないまま……。  私は悪くない!!!  あの子がいけないのよ!!!    「魔力持ち」じゃないなんて!!!  私とライアンの子なのになんでなの!?  ありえない!!!    これは何かの間違いだわ。  本当なら今頃、親子三人で侯爵家で暮らしていた筈なのに。  そうよ。  あの子はきっとチェンジリングなんだわ。  妖精が世界で一番可愛い私達の子供を攫っていったの。  そうに決まってる!!!  だから今ここにいる子供は本物じゃない!!!        数ヶ月前――  裁判後、ライアンがキング侯爵家に戻ることは無かった。  けれど、子供の「魔力検査」の結果を伝えに来てくれた。   「君が産んだ子供は魔力持ちではない」  え?  なに?  今、なんて言ったの? 「ある意味、あの赤ん坊に魔力が無かった事は僥倖だ」 「え?」 「そうだろう?これで魔力持ちだったなら赤ん坊の争奪戦が始まっていただろうからね」 「そ、そうだつ……?」 「人型として生まれた『キメラ』なんだ。これで魔力まで持っていたら流石の侯爵家でも守り切れない。まぁ、魔力無しでも研究者にとっては魅力的な逸材である事は変わらない。君もある程度覚悟しておくんだな」 「……」  なに?  ライアンは何を言い出すの? 「魔力持ちでなかろうと、僕の血を引いている事は間違いない。僕はこれからも子供を持つ事はないだろうから()()()()君の子供が次のキング侯爵になるだろう」  君の子供?  貴男との愛の結晶だわ!  貴男の子供よ!! 「判決通り、僕は君達親子に十分な養育費を支払っていくつもりだ。君の弁護士……キング侯爵家の顧問弁護士が言ったように、どんな形で産まれようと君の息子が侯爵家の世継ぎになる権利がある。僕だって鬼じゃない。実家から縁を切られた君を追い出すような真似はしないよ。君はこれからも『世継ぎの母』として侯爵家で過ごせばいい」  ライアンの息子を見る目はまるで汚いゴミでも見るかのようだった。    なぜ!?  貴男の子なのに!!!    キング侯爵は各地にある別宅と家宝を手放して何とか慰謝料を払い終わったばかりだった。屋敷の周りを囲っていた悪質な記者たちも日が経つにつれ段々と少なくなってきた。キング侯爵家は漸く一息付くことができた段階でのライアンの訪問は喜びと共に絶望をもたらした。  私と子供はその日のうちに屋敷から追い出されてしまったのだから。    なんで……?  あんなに子供の誕生を喜んでいた侯爵は自分の孫が「魔力持ち」でないと分かった瞬間に無価値と判断した。 『でかした!!この子はキング侯爵家の世継ぎだ!!!』  男の子だから。  爵位を継げる男児だったから。  侯爵は飛びあがらんばかりに喜んでいたのに。 『ライアンの跡目だ。きっとライアンと同じように優れた魔術師になる!』  父親と母親。  両方が魔力持ちなら子供がそうである確率は高い。  そう言って目を輝かせていたわ。    なのに―― 『魔力持ちじゃないだと!?』 『なんのために高い金を払ったと思っているんだ!!』 『折角、人間の形に生まれたというのに魔力無しとは!使えない!!』 『魔力無しの化け物(キメラ)などいらん!!!』    どうしてこうなったの?  私とライアンの息子は()()()よ。  間違いなく特別になる子だわ。  理論上は最高の魔力持ちになるはずなのよ!?  なのに魔力がない?  ありえない……。  そんな事があっていいわけないわ!!!  これは何かの間違いよ!!  私とライアンの可愛い赤ちゃんが魔力無しな筈がないわ!! 『これは独り言だけどね。医師達は実に興味深そうに言っていたよ。違法な薬と魔道具。そのどちらかにしておけば素晴らしい魔力を持つ子供が生まれていたのではないか、ってね。もっともその時は人の姿ではなかったかもしれないとも。どちらにしても君の子供は“成功体”であり“失敗作”とも言えるらしい』  ライアンが言った言葉が蘇る。  違う……私は悪くない。  だって、魔力が無い方がおかしいもの。  こんなの……絶対間違いだわ。 「うう……っ、ぐす……ふぇ……」  腕の中の赤ん坊が泣く。  泣きたいのはこっちよ!!魔力のない出来損ないが、何で泣けるっていうの!? 魔力があれば今頃私の願いは叶っていた筈なのに。   「うるさい!」  魔力を持っていない赤ん坊なんて必要ない!! 魔力の無い人間なんてただの木偶の坊じゃない!!   「ふぇ、えええええー!!」  大泣きする赤ん坊にイライラする。  男爵家には帰れない。  仕方ない。  本当は嫌なんだけど背に腹は代えられないわ。  あの伯母の所に行ってあげる。  下町のパン屋だもの。  食うには困らないわ。  そうして十数年暮らしていた下町への道を歩き始めた。  この時の私はまだ知らなかった。  伯母と従姉が王都から去った事を。
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