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みはるは包帯を巻いた腕でみふゆを抱きしめ、だいじょうぶ、と言った。
「私もだいじょうぶ。お姉ちゃんもだいじょうぶ。怖くない、なにも起きてない。だいじょうぶだよ」
その声としぐさにこめられたたしかな愛情に、俺は言葉をなくした。
みはるはそんなことしないと思っていたのだ。
みふゆのことを、心の奥底で嫌っていると思っていたのだ。
だいじょうぶ。
だいじょうぶ。
みふゆの髪を優しく撫でながら、みはるはいつまでもその言葉を繰り返した。
しだいにみふゆの呼吸が落ち着いていった。
激しくもがいていたみふゆが静かになり、だらんと両手を垂らして、みはるの手の中で動かなくなった。
だいじょうぶ。
だいじょうぶ。
そうなってからもしばらく、みはるは繰り返していた。
時計の針は、いつのまにか三十分以上の時が経過していることを示していた。刑事たちがいつ帰ったのか、俺は気づかなかった。
みはるが俺の眼をみて、うなずいた。
みはるから受け取ったみふゆの身体は、俺の腕のなかで人形のように動かなかった。みふゆの眼はガラス玉のようで、どこにも焦点があっていなかった。
それでもみふゆはおだやかな顔をしていた。もう、さっきのような危機的な状況ではない、一目でそれがわかった。
安心のあまりその細い体を強く抱きしめそうになる自分を抑えて、俺はただみふゆを支えていた。
「ちょっと、疲れちゃった」
そう言って、ぼふっ、と、みふゆは枕のうえに頭を落とした。
「すごいなおまえ。驚いた」
天井をみあげながら、みはるは答えた。
「生まれた時から妹ですから、これくらいはね」
「ありがとう、助かった」
「圭ちゃんも、もうちょっとしっかりしないと」
「はい、すいません」
俺があまりにしおたれて見えたのだろう。みはるはクスリと笑った。そしてまた、内にこもるような表情になった。
「ふだんあんまり意識しないけど、私、お姉ちゃんのこと好きなんだ」
そう言った。
「俺も、みふゆのことが好きだ」
「そうだね」
「でも、好きなだけじゃダメなんだな」
「そうだよ」
そう簡潔に言ったみはるの声は、どちらかと言えば優しかった。
そして、みすずさんが医師と看護師と一緒に帰ってきた。ナースコールを押したのでは呼べない、みふゆの担当医だった。
みすずさんが出ていったのも、俺は気づいていなかった。
「すいません。もう、だいじょうぶみたいです」
みはるが言った。
感情のジェットコースターが減速して、ゆっくり定位置にもどる。
そのとき俺はそんな気分だった。
ふらっとしたと思ったら、天井が見えた。
気づくと、みすずさんの腕が俺を、そしてみふゆを、支えていた。
「あら、圭ちゃんも重くなったね」
みすずさんの顔が、すぐそばで笑った。
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