ダブルブースト

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「ん?」 青白い顔をした先輩の顔の横に小さなケースのようなものがあった。訝しげに眺めていると「故人様の人工知能です」と葬儀屋に言われた。 「故人様ご本人と分けてお送り致しております」 手に持った大量の花を周りに配りながら教えてくれた。 似ている。 ポケットに入っているUSBと似ていた。 サイズは少しケースの方が大きい。薄暗い部屋の中だが色はツヤ感の消されたグレーに見える。形は四角い。 よからぬことが脳裏をよぎる。 しかし、例えそれを手に入れたからと言って何がある。人工知能にはそれぞれシリアルナンバーが振られている。見つかれば明らかに自分のものでは無いことがわかる。もちろん重罪だ。 大好きだった先輩の形見に。 いや違う。 先輩は移植してから成績が甚だしく伸びたと言っていた。明らかに人工知能のおかげである。 人工知能にも個体差があるのはわかるが、やはり羨ましかった。「それ」が欲しかった。 持っていた花を片手に寄せ、もう一方の手をポケットに入れる。固く小さなものが指先に触れた。辺りを見回す。 棺の傍に歩いてきた小さな子供が、厚い絨毯に足を取られ転んだ。傍にいた母親らしき女性と、棺の傍で花を入れる位置などを誘導していた葬儀屋が子供に近寄った。 棺に向けられてる視線は全て無くなった。 翼はポケットから手を取り出し、なにくわぬ顔で大きな花を先輩の顔の横にゆっくりと置いた。花に添えた手の甲に固いものが当たった。 素早く手を抜き一歩後ずさった。 係の人が気づき棺を覗き込む。先程までなかった顔の横に置かれた花をどけた。花の下からUSBが出てきた。先程置かれていたものよりも黒い。 しかし。ロウソクの揺らめく薄暗い中、疑って見なければ判別は難しいだろう。 最後のお別れをしたのち、蓋の閉められた棺が、火葬場の大きなシルバーの扉の中に収められるのを、なんとも言えぬ気持ちで見送った。 ポケットの固く小さなものに触れた。
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