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篤史の兄はかつて豪速球投手だった。時速百五十キロを超える球を放っていた右腕は高校時代の故障によりプロ野球への道を諦めた。
篤史、おまえに夢を託す。
兄にそう言われたのは四つの頃だったか。篤史ははっきりと覚えている。
兄ちゃんの果たせなかった夢だ。幼い篤史と目線を合わせて兄はそう言った。
夕焼け空の下で兄の顔は陰影がくっきりついてよく見えず、篤史はただ、兄の大きな手のひらに乗せられた汚れた野球ボールをじっと見つめた。
兄ちゃんの夢のかけらか。子供ながらに篤史はそんなことを思った。
確かに兄の夢の断片であった。兄の手から篤史の手のひらへと渡ったそれは意外にも重かった。兄の夢は確かに、重かった。
「大事なところだからさ、ちょっと頑張ってくれないかな。何度も言うけどね、我々はただ真実が知りたいだけなんだよ。怒ってなんかいない。大丈夫だから本当のことを言いなさい」
「兄の頭をバットで殴ったのは僕です」
少しの沈黙ののち、
「バットに付着していた指紋は桐原のものと一致するそうだが」
「彼が僕の指紋を布で拭いて自分の指紋を付けました」
「なんでそんなことをしたと思う。きみを庇ったのかな」
男の目が篤史の目を真っ向から見ている。据わった目である。
「きみと彼の関係は?」
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