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篤史はやや身をかがめてその顔を覗き込んだ。随分と睫毛が長いんだなと思った。鼻筋はすっと通っているし唇などはまさに人形のそれだ、やや口角の上がった綺麗な形をしている。
やはり風鈴の音がした。ここにないのにそう感じた。開け放した窓から入り込む潮風、ベッドの脇で回る扇風機の風、それらはあまりにもぬるいものであるのにここには涼しさがあった。それはまさに崢の寝顔がよこすものであった。
「崢」
その名を呼んでみる。おそらく初めて名前で呼んだ。綺麗な名だと思った。崢。
その目が開いた。ゆっくりと、睫毛を揺らしながら。届いたのか、小さなこの声が。それともたまたま目を覚ましたのか。寝起きのそれはぼんやりと周囲を漂ったのちに篤史の目のあたりで止まって、それからゆったりと笑った。唇も、また。
「来たか」崢は言った。「待ってた」
まさに伝染であった。篤史の頬も唇も自然に緩んだ。待ってた、その一言を自分は待っていたのかもしれないと篤史は思った。
「名前は?」
突如として声がかかる。低めであってもそれは女のものであった。それで少女の存在を思い出した。篤史を玄関に出迎えた少女。崢とよく似た、切れ長の目の。篤史の隣にいる。
西山、と篤史は答えた。
「西山? もしかして」
「ビンゴ」
崢の笑った声が割って入った。ベッドに寝そべったままだ、頭の下に両手を敷いた。
「誰かに似てると思ったら西山先生だったか。先生の弟か」
その目にまたも観察される。ぶしつけとも表現できるほどの目つきだ、じろじろと顔を、舐めるように首から下も見られた。
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