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その手はえなの肩に回っていた。やがて崢は彼女の手からアイスをひょいと奪い取って自分の口に運んだ。
美味えな、これ。アイスの味の感想を述べる崢、小さくなったアイス。あんたの一口はでけえんだよ、と文句を垂れながら崢の手からアイスを取り返すえな。
ここに三人の者がいながら、えなが冷凍室からアイスを二本だけ取り出してきた訳が分かった。篤史は一人で一本、崢とえなは二人で一本なのだ。
「仲いいな」
思わず篤史の口から言葉が転がり出した。篤史の分のアイスはいまだに篤史の手に握られたまま形を変えていなかった。うだるような暑さにアイスはすでに溶けだしていた。
崢の目が篤史を見上げた。その目がにやっと笑ったように見えた。
「まあな」
崢の手はいまだにえなの肩を抱いている。
「暑苦しい」
篤史は思わずそう言って、
「そうだな」崢は同意した。「暑いな」
同意しながらも崢はその手をえなの肩から離すことはなかった。むしろその手にわずかながらも力がこもったかに見えた。
「溶けてるよ」
崢が言った。それで篤史は自分の手に液体と化したアイスが流れていることに気づいた。
食い物にもならないし何しろ手が汚れて気持ちが悪い。篤史は台所へ向かい水道の蛇口をひねって勢いよく水を出した。水を受け、篤史の手元からアイスが消えてなくなってゆく。
棒だけが残った。三角コーナーがないのでゴミ箱を探した。どこにあるか聞かずとも崢のほうから答えが来た。ベッドのほうから篤史を見ていたのだろう、
「そこ」とのことである。「足元」
確かに篤史の足元にゴミ箱はあった。だからそこに棒を投げ捨てた。はずだった。コントロールを乱したのだ、明らかなボール球、つまり外した。棒ごときがゴミ箱から外れて床に落ち、小さく舌打ちして篤史はそれを拾うと再びそこに投げ入れた。
丸まったティッシュがあった。ゴミ箱の中だ。何の変哲もないティッシュである、用済みの。しかしながらそれは見てはいけないものであると直感的に思った。確かにそれは見てはいけないものだった。
経験がなくとも分かるものは分かると、この時初めて知った。中学生や高校生の分際でやるもんじゃないと兄が常々言っている、その行為の果てに残るもの。それを包んだものが、そのティッシュである。
視線を感じた。ちらと見やるとそれは紛れもなく崢のものであった。
ねー、暑いんだけど。崢の腕の中でえなが言う。彼女の肩の上に崢は顎を乗せ、篤史の目を眺めながら笑っていた。
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