序章

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序章

 高層ビルが林立し、今日も多くの人が流れていく。駅に向かう人、これから帰る人。初めて来た人、もう来ない人。こうしてカフェのカウンター席から見下ろしていると、なんだか、私が、この世界をつくりだした存在-例えば、神とか-にでもなったような気分になる。実際は、ただのOLなのだけれど。  スクランブル交差点の次は、広告。ビルの壁には大きな広告が貼られていて、急ぐ人もそれを見ていく。映像を流す巨大な画面には、流行りの芸能人の声や笑顔が写し出されている。そうでない時もある。よくわからない一発ネタが何度も流れたところで、笑ってくれる人はあんまりいない。広告にも社会があるように思えてきて、こうなると、愛情が湧くものだ。再度、左から右へと広告を眺めていく。    「…あれ?」  聞きなれた声に、マスクをつけながら振り向く。後ろに立っていたのは、勤務先の知り合いの吉屋さんだった。タンブラーを片手に持った姿は、勤務中とは比べ物にならないぐらいに、きれいだ。  「吉屋さん、きれい」  私の口から素直に出たその言葉を聞いて、表情が明るくなったのがわかった。口も、目も、鼻も、輪郭も、すべてがきれいだ。こわくなるほどに。  「ありがとう。隣、座ってもいい?」  吉屋さんは少し微笑んで、ゆっくりと椅子を引き、タンブラーをカウンターに置いてから座った。休日は所作まできれいだなんて、知らなかった。バイト中の、せかせかと動く吉屋さんとは全然違う。好きなアイドルの休日を覗けて嬉しいような、恥ずかしいような、不思議な気持ちになって、ブラックコーヒーが啜れない私。時々窓の外を眺めながら、ゆっくりとした所作であたたかい飲み物を飲む吉屋さん。人間という点で同じなのに、見た目も動きも全然違う。本当の神様は、どうして、こんな世界をつくりだしたんだろう。どうして、こんな、誰かと同じ生活がしたいと願ってしまうような世界にしたのだろう。
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