降霊会②

1/1

104人が本棚に入れています
本棚に追加
/253ページ

降霊会②

 二台の人力車が行く。前を行く車のなかには、ヴェール付きの帽子にモスグリーンのドレスという装いのミリセント・ブラックウェルの姿があった。車の幌は下げ、パラソルをさしている。  この日のミリセントは、イギリスの貴族たちのあいだで知る人ぞ知る霊媒師のブラックウェル夫人であり、たまたま、ホリデイ写真館経営者の知人の妻であった、という設定になっている。  ホリデイは、堀江登勢に霊媒師の侍女役を演じさせることにした。高名な霊媒師に御付きの者の一人もいないでは、かっこうがつかない。登勢は後ろの車に乗っている。 「高名な霊媒師! このあたしが!」  ホリデイの代役を承知した晩、ミリセントは酔って大笑いしたものだった。  死神族以外の魔の者たちは、幽霊が現れても、すぐに見てとれるわけではない。だが、存在は察知できる。あたりにふーっと息を吹きかけさえすれば、幽霊は隠れようもなく姿が丸見えとなる。  もっとも、息を吹きかけたりするのは、よほど暇なときか気まぐれに、でしかない。姿が見えたとしても、その場から立ち去るように威嚇できるだけなのだ。魂の回収は、死神族に任せるほかない。  やがて、二台の人力車は大きな門構えの前で止まった。  西洋風のお仕着せ姿の男性数人が迎えに出てくる。 「ミセス・ブラックウェルと御付きの方でいらっしゃいますね。お待ち申しあげておりました」  男たちはなぜキモノを着ないのだろう? ミリセントは不満に思った。たとえば堂本穂波。キモノを着た彼にはなんともいえない色気がある。何度かサイモンのオフィスで、こちらは姿隠しの術をまとって、まぢかで観察したことがあるけれど……なにやら悩ましい気分にさせられたものだった。彼が斎門の秘蔵品でなければ――  何を想像してるのかしら、あたしたったら! 自制心を失えば、とんでもないことになる。サイモンに、サクラジマとかいう活火山の火口へ放りこまれてしまうかも。  あれこれ思いつつ、ミリセントは車を降りた。登勢はすでにそばに控えている。           ◇  美しくもいささか奇妙な絵柄が印刷された何枚もの札が、居間のテーブルに並べられていく。 「こ、い、う、ら、な、い。恋占い。彦乃さんの」  千賀子が眼鏡をつと持ちあげ、にっこり微笑む。  彦乃はどきっとする。 「まあ……お顔が赤くおなりだわ。意中の方がすでにいらっしゃる。そうなんですのね?」 「いいえ。いいえ」  彦乃は目を伏せた。赤面しているのは自分でもわかる。一度しか会ったことのない男性の面影に執着している自分が滑稽に思え、それが恥ずかしいのだった。恋愛小説の登場人物に憧れるのと同じではないか。 「彦乃さん――」  千賀子は言いさして、口をつぐんだ。そして、 「あたくしったら、遠慮がなさすぎましたわね。ごめんなさい」 「千賀子さん、そんなふうにおっしゃらないで」  占ってもらおう。いつごろ、どんな方との(やはり搾乳業者だろうか?)ご縁が、現実的に、あるのか。そう彦乃が思ったとき、 「ミセス・ブラックウェルがお見えだ」  千麿氏が異国の女性をともなって居間へ入ってきた。  千賀子が目を輝かせ、 「ミセス・ブラックウェルは、今夜の催しの進行役ですのよ。ご紹介しますわ」  その後につづくひととき、彦乃は拙い英語力を駆使しなければならなかった。緊張しつつも楽しく時間が過ぎた。女学校や伝道教会の私塾で習い覚えた英語を、初めて使うことができたのだ。ときどき頓珍漢な受け答えをしていると、自分でも気づく場面があったとはいえ――。  
/253ページ

最初のコメントを投稿しよう!

104人が本棚に入れています
本棚に追加