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薬(ポーション)
四十八時間後、ミリセントがロンドンから戻ってきた。手のひらに収まる小さな瓶を持っている。「#6」と書かれた紙片が紐でくくりつけられている。
「何だ?」
「薬よ。分類としては、血を中和するもの、とか。あの娘のような症状に効くらしいわ。お針子もこれで助かったのよ。知ってた? 例の切り裂きジャック事件以来、ヤードの幹部がホワイトチャペル地区に魔の者を配置したらしいの」
「ん……?」
「大事件だったでしょ、あれは。なんでも、王宮のほうからヤードに使者が遣わされて、指示が出されたとか。見習いクラスの魔の者が巡査に仕立てられて、夜な夜な警備の仕事をさせられたらしいわ。連続殺人事件のあとも、その人事が継続されていたようなの。お針子が一命をとりとめたのも、その見習いが警邏中だったから。発見が早くて、この薬を処方できたのよ」
ロンドンの王宮。バッキンガム、ウィンザー、そのほかにも私邸がいくつか。それらを守護するという名目で、何百年も棲みついている魔の連中がいることを、斎門も知っている。権力者に近づくのは、魔の者たちの世界では、基本中の基本である。楽しむにはそれがいちばん手っ取り早いのだ。
「この薬だけど。ティーカップ一杯ほどの白湯に一滴垂らす。一度にそれ以上はだめ。匙加減に気をつけて。――どこでどうやって手に入れたかは、訊かないで」
斎門はミリセントのジェイドグリーンの瞳を見つめた。闇の市場で何かの術と薬を交換したのだろう。高くついたな。自業自得だ。
「怪しげなモノじゃないんだろうな?」
「ないわよ。あたし、これでも責任感じてるのよ」
責任感じてる? 嘘つけ、と思ったが、
「いい傾向だ」
ミリセントが感じているのは、この大和帝国の開拓者たる魔の者の機嫌を損じるのは得策ではない、という計算結果の重さだけだろう。
「ひとつ憶えておいて。薬一滴の効果が持続するのはせいぜい半年ほど」
「薬効が切れたとき、降霊会なんかに連れ出さなきゃいい。なるべく外へ出さない。箱入り嫁にしときゃいい。そういうことだな」
「はこいりよめ?」
「大事にさせる、ということ」
ミリセント。ホリデイ。胡散臭い魔の者たちが多すぎる。
藤村彦乃を確保しなくてはならない。一年の婚約期間など、もう認めることはできない。婚姻を急ぐ必要がある。
斎門は、決めた。
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