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第三話 月の姫君
俺は息を飲んだ。
障子からヒョコリと顔を出した姫さんの瞳は、月のような色で満月のように光り輝いていた。
「義賊様?」
ぱっちりと両目を開いて、月の姫君は俺にそう聞いて来た。
今は女房に化けているんだ、何故俺が深月だとわかった。
「あぁ、そうだ。悪ぃな、せっかくの静かな満月の夜を、騒がしい夜に変えちまって」
俺は変化を解き、それと同時に遠くにいる女房も人に見えるようにする。
「綺麗」
姫さんは狐の半面の目の穴から覗く俺の瞳をジッと見詰めている。
「どうかしたんか?」
俺がそう聞くと、姫さんは「貴方は、何でも盗み出せるのですよね」と呟いた。
俺は姫さんに「あぁ、まぁな」と返すと、姫さんは俺の服をキュッと摘んだ。
「私を、盗み出してはくれませぬか?」
「は?」
あぁ、いけない、義賊の時に演じている人格が崩れてしまう。
「私を、外に出して下さいまし」
「一人で出る訳に行かんのか?」
姫さんは静かに首を横に振った。
「私は籠の鳥です。何処にも出してはくれませぬ」
「そうか」
「だから、お願い致します」
姫さんは床に頭をつけて、俺にそう懇願した。
「だけどなぁ」
「一度で良いのです。昼からずっと思案しておりました。私は、一度で良いので外に出てみたいのです」
「覚悟は固まっとる訳じゃな」
姫さんは頭を下げたままコクリと頷いた。
「そうかい」
俺は姫さんに頭を上げるように言い、姫さんの顔を見て言った。
「明日、今より半刻(一時間)前に迎えに来る。その打掛を纏められる紐を用意しとくのじゃぞ。じゃあのぉ」
俺はそう言ってまた屋根の上に立ち、町に戻った。
白粉屋に戻れば、亮が心配そうな顔で俺のことを待っていた。
「お疲れ、陸斗。何処も怪我してないか?」
亮はアワアワしながら包帯を持って来て、俺の腕やら足やら色々な所を見る。
「大丈夫だ。何処も怪我なんかしてねぇ」
俺はそう言い、空間操術で圧縮した金や銀、千両は入るだろうという大きな箱を袖の中から取り出した。
「おぉ、大量だね」
「まぁ、今回はあの屋敷を手放せば生きていけるだけの金しか取ってきてねぇ」
「優しいな。お前は」
「当たり前だ。俺は、人にゃ平等に生きて欲しいだけだ」
金や銀なんかの装飾類は、平民も貧民も大切にしてくださる殿様達にやる。金は、いつも通り、各家庭全員が三年は飢えずに生活出来るくらいに割り振り、余ったらもっと貧しい家庭用に割り振る。
「こんなところか」
亮の言葉にコクリと頷いた。
「行ってくるな」
俺は千両は入るだろうという大きな箱に、紙で止めた数枚の一両小判を敷き詰めたそれを抱えて、また大空に飛び立った。
「酷いな」
すぐに平民や貧民が暮らしている町に行くと、古ぼけた家屋が目に付いた。
「もう、皆寝てる時間か」
俺は足音と気配を消して、紙で止めた数枚の一両小判を、各家庭に配って行った。
「貧しさや飢えが消えるなら、それで良い」
俺はそう言って、罪の意識を押し殺しながら、また帰路へとついた。
帰る途中、あの姫さんの言葉をふと思い出した。
『綺麗』
姫さん、アンタは、本当に何にも知らねぇ籠の鳥なんだな。
この俺を、綺麗なんて。
血みどろの俺に、一番似合わない言葉を呟くなんて。
それに、姫さんの方がよっぽど綺麗じゃねぇかぃ。
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