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第四話 昼の煩い
姫さん、アンタは、本当に何にも知らねぇ籠の鳥なんだな。
この俺を、綺麗なんて。
血みどろの俺に、一番似合わない言葉を呟くなんて。
それに、姫さんの方がよっぽど綺麗じゃねぇかぃ。
俺はそう思いながら顎を撫でて少しニヤリと笑った。
しかし、まさか連れ出してくれって言うとはな。
「何やら考え事かぃ?」
帰り道を歩いてる後ろから、半年は聞いてない声が聞こえた。
「親父」
気配も、足音もしなかった。
流石だ。流石親父だ。
「なぁに悩んでんだい。まさか、盗みに入った所の姫さんに惚れちまったか?」
「なっ!」
親父に、自分でも言わまいと思っていたことを言われ、自分の顔がみるみるうちに赤くなっていくのがわかる。
「盗み出しちまえば良いだろ」
親父は突拍子もないことを言った。
「あのな、宮中内で幽霊になって彷徨って、陰陽師に祓われそうになってたお袋とは訳が違ぇんだぞ」
俺が親父にそう言うと、親父は「似てんじゃねぇか。自分のやることが分からなくて何をすべきか迷い、人の世を知りたいと思いながらも実の親父に軟禁状態になってる。だったら攫っちまえ」と呟いた。
親父なぁ。
目の前の金の瞳は、一体何を考えているのか分からない。
煙のように揺れて、妖しく笑った。
「たまにゃ顔見せろよ。馬鹿息子が」
「さぁ、あと百年は帰れねぇかなぁ」
俺はそう言って、親父の前からぬらりと姿を消した。
「フッ、やるようになったじゃねぇか、まだまだヒヨっ子じゃがな」
親父の声もぬらりと揺れて、そのまま姿を消した。
「どうするかな」
俺はポツリと呟いたまま、人の闇に紛れるようにぬらりくらりと歩いた。
また白粉屋に戻れば、亮はそこにはいなくて、「鯉津乃に会いに行ってくる」と書かれた置き手紙だけが、ポツンとそこにあった。
「アイツは全く」
人の安否が確認出来た途端に。
俺は頭を掻きながらそう呟き、寝巻きに着替える。
今夜はもう寝よう。
俺はそう思って布団に入り、服を身体の上にかけて、静かに目を閉じた。
差し込む朝日の眩しさで目が覚めた。
「朝か」
俺は身体を起こして、布団を片付け、服を着る。
髪を整えてから紐で括り、店先に商品を並べる。
「陸斗! おはようさん!」
「あぁ、おはようさん」
宿屋の主人がまた店先に出て来て俺にそう言って来た。
ここんとこ毎日だな。夫婦仲でも悪ぃんかよ。
「聞いたかい? 昨日桜原の屋敷で義賊様が出たんだとよ」
「あぁ、昨日友達がそんなことを」
「ビックリだよな。黒い噂はあったけど、まさかなぁ」
俺は「そうだなぁ」と苦笑いしながら、椅子に座った。
「今日はもう開店かぃ?」
「あぁ、まぁな」
宿屋の主人は「今日もお互い頑張るか」と呟いて宿屋の中に戻って行った。
「散歩か」
早く日暮れになんねぇかな。
俺はそう思いながら奥から古い草子を取り出した。
客が来るまでの暇つぶしだ。
「旦那、白粉一つ頂戴な」
客の声が聞こえた。
俺は草子を椅子の上に置いて「はいよ。二十五文ね」と呟いて、昼の間だけ金を仕舞う箱に近付く。
「これで足りるかぇ?」
まるで平安の終わりくらいの高貴な姫さんのような喋り口調で二十五文ちょうどを出した。
「えぇ。ありがとうございやす」
俺はそう言って女性に一つ頭を下げた。
「しっかりなぁ、ぬうりひょんの息子」
女性は妖しげな笑みを浮かべて、俺の元から去った。
「玉藻前かよ」
俺はフツフツと湧き上がる怒りを抑えながらまた椅子に座った。
そうして十数人の客の相手をしていれば、いつ間にか日は沈んでいて、夜になろうとしていた。
「店仕舞いだ店仕舞い」
俺はそう呟いてそうそうに店仕舞いし、あの姫さんに逢いに行く準備をした。
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