3人が本棚に入れています
本棚に追加
第五話 秘密の散歩
夕飯を食べ終え時間を起き、俺は戌の刻から半刻経ったということを確認してから、いつも通り深月の格好をして家を出た。
昨日盗みに入った桜原の家の離れの屋根に着地する。
庭に降りると、小袿数枚を腰の所で紐止めして、俺のことを待っている姫さんがいた。
「月の姫君」
俺がそっと声をかけると、姫さんはパッと俺の方を見た。
「義賊様」
姫さんは、まるで月みたいにしとやかに微笑んだ。
「月の姫君。何処に行きたいんじゃ?」
俺がそう聞くと、姫さんは「海に行きたいです」と、俺の顔を見て言った。
「そうか」
俺はそう呟いて姫さんに近付く。
「ちぃと、我慢しておれよ」
俺はそう言うと同時に、姫さんを横抱きした。
「え!? ちょっと!」
「なぁに、心配は無用。怖いのなら目を瞑っておれ」
そう言うと、姫さんはキュッと目を瞑って俺の腕の中でプルプルと震えている。
「そう固くならずとも良い、取って食うとでも思うたか? これは主が望んだことぞ」
「お、落としはしないか怖くて、お、重く無いですか?」
この姫さん目方を気にしているのか。
「何を言う、お主は軽いぞ。羽根のようにな」
姫さんにそう言うと、姫さんの顔は火でも吹きそうなくらい真っ赤に染まった。
「行くぞ」
俺はそれだけ言って、脚に力を込めて一つ跳ねた。
すぐに屋根の上に辿り着き、姫さんに「目を開けて、よう見てみぃ」と言った。
言われた通りに姫さんは目を開き、満月のような綺麗な瞳を爛々と輝かせた。
「あれが町じゃ」
「凄い綺麗なのですね」
「そうか。姫さんにしてみりゃ、これが綺麗なんか」
姫さんは、これすら知らない。
夜の町の明かりすら知らない。
「海に行きたいんじゃったな?」
「はい。もしや、此処から遠いのですか?」
「いや、儂の足ならひとっ飛びじゃ。案ずることは何も無いから、安心せい」
屋根の上から、一つ跳ねた。
「ギャア!」
淑やかとはかけ離れたような叫び声が聞こえた。
あまり緩急をつけてしまうと浮遊感で気分を悪くするかもな。
なるべく平坦な道で行くか。
「ちぃと速くなるぞ」
俺はそう声をかけて、姫さんを落とさないようにさらに少しキツく抱き締めた。
姫さんも俺の胴体に捕まりながら、速さと恐怖からか少し震えている。
町から山に入り、俺はさらに加速した。
「そろそろ着くぞ」
そう声をかけると、姫さんはパチッと目を開いた。
庭を出てからもう半刻は過ぎていた。
目的地が見え、俺は走るのをやめた。
「ほれ、着いたぞ」
姫さんにそう言うと、姫さんはしきりに下を見た。
「下に降りたいか?」
「はい」
姫さんをそっと下ろしてやると、姫さんは波打ち際までトテトテと歩いて行った。
「月の姫君。あんまり近付くと危ないからのぉ。もうちっと後ろに下がれ」
俺はそう言って流木の上に座り、自分の膝の上に姫さんを乗せた。
「あの、膝」
「良いんじゃ。服が汚れてしまっては夜中外に出たのがバレてしまうぞ? それは嫌じゃろ?」
宥めるように姫さんに言うと、姫さんは少し顔を赤くして俺を見た。
「意外に意地悪な人なんですね」
「何処が意地悪なんじゃ? むしろ優しいじゃろう」
俺は「クフフ」と笑いながら半面の奥で目を細めた。
「その面、外したらどうです?」
姫さんは急にそんなことを言い出した。
「義賊様。もしも此処に人が来たらどうします? 目立ってしまいますよ?」
小生意気な姫君だな。
「確かにそうじゃな」
俺はそう言って、一つ息を吐いた。
「俺の顔、誰にも言うなよ」
素に戻って、俺は姫さんにそう言った。
紐を解き、半面を外す。
また一つ息を吐けば、隣にいた月の姫君は俺の目元をジッと見詰めた。
最初のコメントを投稿しよう!