第五話 秘密の散歩

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第五話 秘密の散歩

 夕飯を食べ終え時間を起き、俺は戌の刻から半刻経ったということを確認してから、いつも通り深月(みつき)の格好をして家を出た。  昨日盗みに入った桜原(おうはら)の家の離れの屋根に着地する。  庭に降りると、小袿数枚を腰の所で紐止めして、俺のことを待っている姫さんがいた。 「月の姫君」  俺がそっと声をかけると、姫さんはパッと俺の方を見た。 「義賊様」  姫さんは、まるで月みたいにしとやかに微笑んだ。 「月の姫君。何処に行きたいんじゃ?」  俺がそう聞くと、姫さんは「海に行きたいです」と、俺の顔を見て言った。 「そうか」  俺はそう呟いて姫さんに近付く。 「ちぃと、我慢しておれよ」  俺はそう言うと同時に、姫さんを横抱きした。 「え!? ちょっと!」 「なぁに、心配は無用。怖いのなら目を瞑っておれ」  そう言うと、姫さんはキュッと目を瞑って俺の腕の中でプルプルと震えている。 「そう固くならずとも良い、取って食うとでも思うたか? これは主が望んだことぞ」 「お、落としはしないか怖くて、お、重く無いですか?」  この姫さん目方を気にしているのか。 「何を言う、お主は軽いぞ。羽根のようにな」  姫さんにそう言うと、姫さんの顔は火でも吹きそうなくらい真っ赤に染まった。 「行くぞ」  俺はそれだけ言って、脚に力を込めて一つ跳ねた。  すぐに屋根の上に辿り着き、姫さんに「目を開けて、よう見てみぃ」と言った。  言われた通りに姫さんは目を開き、満月のような綺麗な瞳を爛々と輝かせた。 「あれが町じゃ」 「凄い綺麗なのですね」 「そうか。姫さんにしてみりゃ、これが綺麗なんか」  姫さんは、これすら知らない。  夜の町の明かりすら知らない。 「海に行きたいんじゃったな?」 「はい。もしや、此処から遠いのですか?」 「いや、儂の足ならひとっ飛びじゃ。案ずることは何も無いから、安心せい」  屋根の上から、一つ跳ねた。 「ギャア!」  淑やかとはかけ離れたような叫び声が聞こえた。  あまり緩急をつけてしまうと浮遊感で気分を悪くするかもな。  なるべく平坦な道で行くか。 「ちぃと速くなるぞ」  俺はそう声をかけて、姫さんを落とさないようにさらに少しキツく抱き締めた。  姫さんも俺の胴体に捕まりながら、速さと恐怖からか少し震えている。  町から山に入り、俺はさらに加速した。 「そろそろ着くぞ」  そう声をかけると、姫さんはパチッと目を開いた。  庭を出てからもう半刻は過ぎていた。  目的地が見え、俺は走るのをやめた。 「ほれ、着いたぞ」  姫さんにそう言うと、姫さんはしきりに下を見た。 「下に降りたいか?」 「はい」  姫さんをそっと下ろしてやると、姫さんは波打ち際までトテトテと歩いて行った。 「月の姫君。あんまり近付くと危ないからのぉ。もうちっと後ろに下がれ」  俺はそう言って流木の上に座り、自分の膝の上に姫さんを乗せた。 「あの、膝」 「良いんじゃ。服が汚れてしまっては夜中外に出たのがバレてしまうぞ? それは嫌じゃろ?」  宥めるように姫さんに言うと、姫さんは少し顔を赤くして俺を見た。 「意外に意地悪な人なんですね」 「何処が意地悪なんじゃ? むしろ優しいじゃろう」  俺は「クフフ」と笑いながら半面の奥で目を細めた。 「その面、外したらどうです?」  姫さんは急にそんなことを言い出した。 「義賊様。もしも此処に人が来たらどうします? 目立ってしまいますよ?」  小生意気な姫君だな。 「確かにそうじゃな」  俺はそう言って、一つ息を吐いた。 「俺の顔、誰にも言うなよ」  素に戻って、俺は姫さんにそう言った。  紐を解き、半面を外す。  また一つ息を吐けば、隣にいた月の姫君は俺の目元をジッと見詰めた。
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