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第六話 恋
紐を解き、半面を外す。
また一つ息を吐けば、隣にいた月の姫君は俺の目元をジッと見詰めた。
「やっぱり、綺麗ですよ。義賊様」
「そう言ってくれるのは、お主だけじゃ」
「誰にも言いはしませぬ。ですから、一度素に戻ってみては?」
この姫さんは、俺の全てを見透かしてくるな。
「姫さんがそう言うなら、そうしようかな」
俺は心からの素を言った。
「私ね、昨日貴方を一目見た時思ったんですよ。あぁ、綺麗な方だな。って」
やっぱり、綺麗なんて言葉は、俺には似合わない。
「俺は、綺麗なんかじゃない」
「何故?」
俺は「罪しか犯してないからなあ」と言いながら、膝の上に座る姫さんの頭をそっと撫でた。
「義賊様は、何故義賊に?」
「さぁ、自分じゃ分からない」
俺はそう言いながら、そっと姫さんの頬に触れる。
人の子の頬は、少し暖かい。
「姫さん。海以外に、何処か行きたい場所は無いか?」
話題を少し変えてみると、姫さんは表情を変えて「町に、夜の町に出てみたいです。とても賑やかだと侍女が言うておりました」と、子供らしい表情を浮かべて言った。
「そうか。また、連れ出してやれれば良いんだけどな」
「義賊様なら、出来るのでは?」
姫さんは、子供のようなあどけない笑みを浮かべて言った。
「町に寄って帰るか」
俺は照れを隠すようにそう言って、また半面を付けた。
姫さんの顔が少し赤くなる。
「こっちの方が好きか?」
そう聞いて見れば、姫さんは拗ねたような顔をしてそっぽを向いた。
「町に寄ったら、また外して下さい」
「あぁ、姫さんの所望なら。姫さんになら見せてやるよ」
俺はそう言って姫さんを抱える。
「今度は、天橋立にでも行ってみようか」
独りごちると、姫さんは「天橋立ですか。私も見てみたいです」と言って、俺に抱き着いた。
あぁ、落ち着け俺。理性を保て。
グッと唇を噛み締めながら込上がってくる物を必死に抑えて、俺はまた一つ飛んだ。
「義賊様っあぁ!」
飛び上がり、落ちる。
気持ち悪くならないように抑えていたつもりなのだが、少しの浮遊感と速度が気持ち悪いらしく、山に入ってそろそろ真ん中辺りに着く頃には姫さんはぐったりしていた。
「休憩するか?」
「い、え。だ、大丈夫、です」
姫さんは青い顔をして無理に笑った。
こりゃ相当だな。
姫さんには気付かれないように、そっと速度を落とし、なるべく平坦に山を駆けた。
町の明かりが少し見えて来た所で、俺は一度止まった。
「姫さん。見てみぃ、夜の町じゃ」
姫さんをゆっくりと地面に降ろし、緩く背を撫でてやる。
「とても賑やかで、綺麗なのですね」
「そうじゃろう」
本当は、もっと見せてやれれば良いが。
「姫さん。もう戻ろう」
俺はそう声をかけて、もう一度姫さんを抱き上げて、また夜の空を駆けた。
「気分はどうじゃ? 気持ち悪くは無いか?」
「大丈夫です」
姫さんの青かった顔が、少しづつ赤さを戻して行く。
「そろそろ着くぞ」
そう言えば、姫さんは少し悲しそうな顔をした。
離れの庭に降り、姫さんを縁側に座らせる。
「ありがとうございます。義賊様」
「良いんだよ」
俺がそう言うと、姫さんはフッ。と優しく微笑んだ。
「また明日も、お待ちしております」
優しい声音で、姫さんは俺にそう言った。
「あぁ。姫さんが許すなら、俺はまた来させて貰うよ」
そう言って姫さんの頬を撫でてから頭を優しく撫でる。
「じゃあ。早く床に就くんだぞ」
俺はそれだけ言って、姫さんの元から離れた。
そして次の日の夜も、その次の日の夜も、俺は姫さんの所を訪れた。
「また明日。お待ちしております」
姫さんはもういつも言うこの言葉をまた言って、自室へと入って行った。
「良い夢を。月の姫君」
そう呟いて、俺は家に戻った。
その次の日、また姫さんの所に行けば、今度はなんと茶が出ていた。
「今夜は此処にいてください。何処に行くでも無く、貴方様のお話を聞かせて下さい」
少し朱が頬に散った顔で言われれば、断る事なんて出来るはずもなく、俺はしぶしぶ姫さんの部屋に上がっても一晩中過去の話をするなんてこともあった。
明け方寝れなかったのは辛かったな。
そんなことが二週間経ったある日だ。
また姫さんを連れて夜の天橋立に行こうと思い、姫さんのいる離れに入った時だった。
「あぁ、月代姫」
そこに姫さんの姿はなく、この屋敷の旦那が一人、切り刻まれた姫さんの打掛を抱き締めながら部屋で泣いていた。
「桜原の旦那。一体何があった?」
旦那に声をかければ、何時ぞや屋敷に盗みに入った者だと気付いたのか、驚いて後ずさりした。
「い、何時ぞやの義賊」
「あぁ。そうじゃ。単刀直入に聞こう。姫さんに何があった?」
旦那は俺に縋り付いて「娘を。娘を助けて下さい」と泣いて言った。
「ちょっ、ちょっと待て、何があった」
「アンタが金銀財宝殆ど全てを盗んで行った後、私はこのままではダメだと思って、全うに生きていこうと思っていたんだ。だけど、ついさっき盗賊が盗みに入った。アンタとは違う。娘を連れ去ってそのまま」
「何処へ消えた」
「大江山の酒呑童子様に、供物として捧げようと言って、そのまま連れて行きました」
全身の血が沸騰する感覚だ。
抗う事も出来ぬ女子を連れ去るなんて、何を考えているんだ。
「わかった」
俺はそれだけ言って、大江山へと駆け出した。
「姫さん。待っててくれ。生きててくれ」
ただそれだけを願って、俺は闇夜を光の如く走った。
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