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第七話 盗賊
姫さんが生きていることを、姫さんの無事だけを祈って、俺は京の闇夜を駆ける。
「酒呑童子のところなら、まだ大丈夫な気はするが」
一抹の不安を胸の中に残しながら、大江山に入った。
暫く走り彷徨っていれば、酒呑童子の屋敷が見えた。
「あぁ、こいつ死んじまうよ」
「クソ、黙れよ。義賊様義賊様って、あんな偽善者の何が良いんだ」
酒呑童子の屋敷とは違う場所。
上の社か。
「ックソ。お前等の好きにさせるか」
俺は急いで上の社に駆け上がった。
「テメェ等!」
駆け上がった上の社で、俺は見付けた盗賊達に怒りに満ちた声をぶつけた。
「偽善者、来やがったよ」
「うわ、ムカつく。やるぞ野郎共」
盗賊、いや山賊と見られる男共は刀を取り出し、一斉に俺に向かって来た。
「お主ら、何も分かっておらぬようじゃな」
ただの人の子に、俺の妖力など使うまでもない。
使わなくとも倒せる。こんな奴等。
半面の下で山賊達をひと睨みしてから、俺は気配を消した。
頭領と見られる男を一つ蹴り飛ばし、俺は再び認識出来るようにした。
後ろにいる一人を殴る。
殴った衝動で倒れていく男の腰にあった刀を鞘から引き抜き、逆手に持ち直して柄を自分の顔の近くに持って来る。
倒れ付して動くことも無く、もう既に致死量相当の血を流したであろう姫さんの近くに寄る。
「これでわかったじゃろう? お主等では勝つ事は無い。早く引くのが身のためぞ」
そう言ったが、男達からは引く気を感じない。
まだやるつもりか。
俺は一つ舌打ちをしてから、また刀を持ち直して立ち上がった。
「やるぞ!」
その言葉を聞いてから、俺はその場に踏み込んだ。
「やめてぇ!」
姫さんの叫び声が、その場にこだました。
後ろから、只者ではない妖気を感じた。
◇
沈みゆく意識の中で、義賊様の声が聞こえた。
「これでわかったじゃろう? お主等では勝つ事は無い。早く引くのが身のためぞ」
助けに、来てくれたのですか。
目はもう殆ど見えない。
義賊様の舌打ちが聞こえた。
この人は相当怒っているんだ。
「やるぞ!」
山賊の怒号と義賊様の踏み込む音。
ダメ。やめて。この人に手を出さないで。
私はどうなっても良いから。
ダメ。お願い。やめて。
ダめ。ヤメて。
「やメテぇ!」
もう死ぬだけのはずなのに、こう叫んだ途端に身体から力が湧いて出た。
緩く吹いた風のおかげで髪が見えた。
色はもう黒じゃなかった。根元から月のような色に変わって行く。
涙で揺れて見えない瞳も、おそらくいつもかけられている、瞳が黒く見える呪いはもうきっと消えている。
思うがままに体を動かして、山賊の一人の頭を掴んだ。
「姫さん!」
慌てふためく義賊様の声が聞こえる。
「私ニ、任せテクだサイ」
義賊様の背中に寄りかかりながらそう呟いて、私に向かって刀を振り下ろす女山賊を蹴飛ばした。
「おっ、おい逃げるぞ!」
一人がそう言ったのを皮切りに、倒れた者達を担いで、十五人くらいの男達は一斉に山の中に消えて行った。
やっと消えたと安心すると、身体から力が抜けて、その場に膝から崩れ落ちた。
「姫さん。大丈夫か?」
義賊様の言葉にコクリと頷いた。
「ひとまず下に行って手当をしよう。姫さんボロボロだから」
「そういう貴方も、怪我ばかりしているではないですか」
私はクスリと笑った。
家では誰にも見せられなかった笑みだ。
義賊様にだけ見せられる笑み。
「少し揺れるかもだが、ちぃとばかし我慢しとくれ」
義賊様はそう言って、私を抱えあげた。
もう驚く声を上げる余裕もなく、私はその場で眠りについた。
◇
スヤスヤと寝息をたてる姫さんを見ながら、俺は静かに下にある酒呑童子の屋敷まで歩いた。
「陸斗様。どうなされました?」
屋敷の門番にそう聞かれ「上でちぃと山賊と殺りあって来た。巻き込まれた姫さんが妖になってな、妖力と霊力が安定してねぇ、手当の道具と一部屋、貸してもらっても良いかぃ?」と言った。
「左様でございましたか。分かり申した。頭領には御自身で? それとも私が?」
「俺が言う。陸斗として」
「分かり申した」
そう言うと、鴉天狗の門番は手に持っていた錫杖をシャラン。と鳴らして、大江山の妖の国の結界を一旦解いた。
俺がその中に入れば、鴉天狗はまた錫杖を一つ鳴らして、結界を張った。
「九良の息子!? どうした!?」
茨木童子が両脇にバカでかい酒樽を抱えながら、俺を見付けて叫んだ。
「上でちぃと山賊と殺りあって来た。姫さんが怪我してんだ。それに妖になったばっかでまだ妖力も霊力も安定してねぇ。今晩一部屋と手当道具貸してくれ。酒呑は? 何処にいる。挨拶してくる」
茨木童子に近付きそう言えば、酒樽をその場に置き「空き部屋案内する。こっちだ。話は俺から通す」と言われ、酒盛りをしている男達がいる部屋を通り過ぎ、騒ぎ声の聞こえない、一番静かな部屋に通された。
「布団と手当道具今から持ってくるな。少し待ってろ」
俺はその言葉に頷き、畳の上に姫さんを寝かせた。
スースー。と聞こえてくる寝息を聞きながら、早く霊力と妖力が安定するように、少量ずつではあるが俺は姫さんに妖力を送った。
「九良の息子」
ひっそりとした酒呑童子の声が、襖の向こうから聞こえた。
「入っても良いか?」
「妖力と霊力分けてくれるんなら」
「そんなに足らない状況なのか?」
「血を失い過ぎてるんだ。それを快復させようと、妖力と霊力を大量消費させてる。それに、妖になったばっかりだ」
「そうか」
酒呑童子の低い声が聞こえたあと、静かに襖が開く音が聞こえた。
「額、見せてみろ」
俺の傍に座り、酒呑童子はそう呟いた。
姫さんの前髪を上にかきあげ、酒呑童子に姫さんの額を見せると、酒呑童子は手から暖かい光を出した。
「俺が分け与えられるだけの妖力と霊力は分けた。もう姫さんはじきに自然治癒を始めるだろう。治療したらお前もう寝ろ、もう一枚布団持って来てやるよ」
酒呑童子のその言葉に、俺は心から感謝した。
茨木童子が持って来た布団の上にあった手当道具で、姫さんの傷を手当した。
斬られた傷が多く、痕が残らない深さの傷だとわかっているのに、何処か落ち着きのない自分がいた。
全て手当し終え。俺は姫さんを起こしてしまわぬように布団を敷いた。
俺が寝ている時に逝ってしまわねぇか、すごく心配だったが、俺も眠気には抗えず、半面を外して布団に入り、姫さんの容態を診ながら眠りについた。
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