第八話 心中しませんか?

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第八話 心中しませんか?

 昼近くに目を覚ますと、隣でまだ寝息をたてている姫さんがいた。  妖力も霊力も安定しているし、傷はもうなくなっている。  見た目も人の頃とあまり変わっていない。変わっている所といえば、髪色が美しい満月の色に変わってるくらいだ。 「姫さ・・・」  そう呼ぼうとして俺はやめた。  姫さんの名前は月代(つくよ)。  名を知っているのに、姫さん。と呼ぶのもおかしな話だろう。 「月代姫。朝だ。そろそろ起きて、屋敷に戻ろう」  俺がそう言って、月代姫を揺さぶり起こせば、月代姫は瞳をパッチリと開けて「おはようございます、義賊様」と呟いた。 「あぁ、おはよう。月代姫」  そう言うと、月代姫の顔はどんどんと赤くなっていった。 「初々しいなぁ。なぁに、取って食おうなんて思っとらんよ」  俺がまた「クフフ」と笑えば、月代姫も袖で口を隠して「フフ」と笑った。 「布団から出られるかぃ?」 「えぇ。傷もすっかり治りました」 「そうかぃ。良かった」  月代姫が布団から出て、壁を使ってその場に立つ。 「あぁ!」  数歩歩こうとすると体がグラリと揺れて倒れてしまいそうになった。  俺は慌てて駆け寄り、月代姫を支えた。 「座ってな。俺が片付けとく」  月代姫を壁際に座らせ、俺は掛け布団と敷布団を分けて畳み、月代姫に「此処でちょっと待ってくれ」と言い、コクリと頷いたのを見て、俺は敷布団と掛け布団を抱えて部屋を出た。  飯を作ってる茨木童子を見付け、近くに行き「茨木。これ何処置いといたら良いんだ?」と聞いた。  茨木は後ろに振り返り、火吹竹を左手に持ち、右手の指先を二回内側に手招いた。 「召喚。移動」  そう呟くと、豆腐小僧がその場に現れた。 「豆腐小僧。コイツを寝具置き場に案内してやれ」  茨木がそう言うと、豆腐小僧は「分かった!」と元気よく叫び「こっち!」と言って跳ねて行った。 「おうちょっと待ってくれや。おい小僧。速い見えない」  俺がそう言うと、豆腐小僧は頬を膨らませてタタタ。と早足で歩く。  頑張ってそれに食らいついて行くと、別棟の蔵に辿り着いた。 「はい。ここに置いといて。後で茨木童子様が中に入れてくれるから」  豆腐小僧はそう言いながら何処かに消えた。 「小僧ってな歩くの速いんだな」  室内なのに緩やかな風が吹いた。  それだけ豆腐小僧の早歩きが速いのだ。  帰る準備して早いとこ帰るか。  俺は布団を床に置いて、そそくさと月代姫のいる部屋に戻った。 「月代姫」  部屋に入ると、月代姫は眠っていた。  やはり妖力も霊力も安定しただけでは体力が消耗されているから、寝てしまうか。  仕方ない。起こすのはなしにしておこう。  月代姫の隣に座り、髪をひと房持ち、撫でて触る。  夜のような黒い髪も似合っていたが、満月のようなこの色も似合っているな。  畳の上では少し体が痛いだろうが、寝具は全部向こうに持って行ってしまったしな。  もう少し寝かせておくんだった。と思いながら、俺は羽織を月代姫にかけてやった。 「九良の息子。入るぞ」  茨木童子の声が聞こえ、俺は静かに「あぁ良いぞ」と茨木童子に言った。 「塩むすび、お前と姫さんの分ある。帰りの道中食え」 「悪ぃな茨木」 「いや、いいんだ」  茨木童子は首を横に振りながら言って、俺に塩むすびを包んだ竹葉が二つ入った風呂敷を差し出した。 「ありがとう」 「葉がまだ青い方が俺の妖力と霊力をふんだんに混ぜ込んだ塩むすびだ、二つ入ってる。そっちを姫さんに食べさせろ。鴆之助(ぜんのすけ)が作った食べれる薬も入ってる」 「そうか。ありがとうな」 「当たり前だ。妖力と霊力が枯渇し、体力も消耗し切った状態なんて、俺達妖怪にとっては、苦しい物以外なんでもない」  茨木童子はそう言いながら優しい笑みで月代姫を見下ろした。  俺は月代姫を抱き抱え、それを背中に斜めにかけた。 「行くのか」 「あぁ、ありがとうな」 「夜まで待ってみたらどうだ?」 「月代姫のお父上が待ってんだよ。娘を助けてくれってな」  俺はそんな話をしながら二人で玄関まで行く。 「一晩ありがとうな。また何か持って礼に来るよ」  俺は酒呑童子邸を後にした。  山から山に飛び移り、一つの開けた丘で止まる。  海が見える丘。 「んむぅ」  まだ月代姫は眠ったまま。  だが、さっきから腹の音が聞こえている。 「月代姫。月代姫。起きてくれ」  なんとか月代姫を揺さぶり起こし、俺は寝ぼけ気味の月代姫に葉が青い方の包みを渡す。  俺の方は今にも枯れそうな程の色をしてた。 「月代姫。食べたら帰ろう」 「そうですね。父上に妖になってしまったことを伝えなければ行けないですし」  月代姫は、妖になってしまったことを、悔やんでいるだろうか。 「なぁ、月代姫」 「悔やんでなどいませんよ」  見破っていたのか。  凄いな。月代姫は。 「あの、義賊様。天橋立に連れて行ってはくれませぬか?」  月代姫が俺の目を覗き込んで上目遣いでお願いして来た。  男がこれに弱いのを知ってか知らずか。  知る訳が無いか。 「あぁ。良いぞ」  これで姫さんと会うのも最後だろう。  最後くらい、きちんと望みを叶えてやろう。  俺は食べ切った塩むすびの入っていた風呂敷と竹葉を懐に入れた。  姫さんが食べ終わったそれも懐に入れて、俺達は半刻程丘の上で休んでいた。 「そろそろ日が傾く。月代姫、天橋立に行こう」  俺が月代姫に左手を差し出すと、月代姫は右手で手を取って微笑んだ。  横抱きにして、すぐにまた山の中を駆け始めた。 「そういえば、狐の面。してないのですね」 「昼は素顔の方が何かと都合が良いのでな」  俺がそう言えば、月代姫は「やはり綺麗です」と俺に言う。 「月代姫が言うなら、そうなんだろうな」  俺はわざと月代姫の方を見ないで呟いた。 「っ」  月代姫の顔が赤くなってるのは、見なくてもわかる。  月代姫の体温がいつもより高い。  目当ての天橋立が見えたから、俺は林の中に足を下ろした。 「天橋立だ。着いたぞ」  俺がそう言うが、月代姫は困ったように自分の足を見た。  月代姫は草履どころか、足袋すらも履いていなかったのだ。 「裸足で駆け回るか」  俺はニッ。と笑って草鞋(わらじ)を脱いだ。           ◇  義賊様が天橋立に着いたと言い、林の中で止まった。  どうしよう。私は草履も足袋も履いていない。  裸足なんてはしたない、打掛も屋敷で破られてしまったし。  早く降りなきゃ、でも裸足。どうしよう。  そんなことを思っていると、義賊様が「裸足で駆け回るか」と、まるで向日葵のような笑みで言って、草鞋(わらじ)を脱いだ。 「えぇ」  もう何も言わない。  言わなくて大丈夫。  この人は、で、優しい。  義賊様に手を引っ張られて、私達は砂浜に駆け出した。 「夕暮れの海とは、こんなにも綺麗なのですね! 義賊様!」  私は義賊様と繋いだ左手を目で追って、それから義賊様を見た。  義賊様の顔は、今までのような少し疑問のある苦い笑みではなかった。心の底から笑い、楽しんでいた。  四半刻(約三十分)程笑い楽しみ、砂浜で遊び呆けていた私達は、ついに疲れて流木に座った。 「こんなに笑ったのは、生まれて初めてです」 「そうか。楽しかったかぃ?」 「はい。それはとても」 「そうかぃ。そりゃよかった」  義賊様は微笑んで、右目を閉じた。 「目に砂でも入りましたか?」 「いや、そんなんじゃねぇんだ。昔の癖でな」  私は義賊様の右目の下をそっと親指で撫でた。 「日が、暮れたな」  話題を変えるように、少し顔を赤くしながら義賊様は呟いた。 「そ、そうですね」 「そろそろ、帰ろう。月代姫」  あぁ、この人との時間もあと少し、少ししたら私はあの家に戻って、そのまま祓われてしまう。 「そう、ですね」  精一杯の笑みを浮かべて、私は義賊様に言った。  義賊様は私をゆっくり抱き抱えて、空を駆けた。  どんどんと速度が早くなる。 「ぎぞ、いや、深月(みつき)様」  私は義賊様の、いや、深月様の袖に掴まりながら、震わせた声でクイと袖を引っ張った。 「どうした?」  深月様は近くの山の麓で止まって私を降ろしてからそう言った。  キチンと目を合わせて。 「あの」  喉元まで出かかった言葉を、私は飲み込んだ。  言っていいだろうか。  私が言っていいだろうか。  既に意中の女性がいたりしないだろうか。 「その」 「今宵は月が綺麗だな。月の姫君」  深月様は私の顔を見ながら、私と出逢ったばかりの時の呼び名でそう言った。 「えぇ、そうですね」  私がそう返すと、深月様はまた私を見る。 「深月様」  言おうとした言葉を吐き出さないでいると、深月様は少し驚いた顔をした。 「どうした? 月代姫」 「その」  私は気持ちを吐き出した。  このまま屋敷に戻って、祓われてしまうくらいなら。 「ねぇ、私と共に死んでくれませぬか? 深月様」 「あぁ、あ?」  いままでに無いとぼけた声で、深月様は眉をひそめながらそう言った。 「し、死ぬって、心中ってことか?」 「えぇ、そうです」  深月様は考え込んでいる。 「深月様。何も本当に死ぬ訳では無いです。でも私はあの屋敷に帰ったら祓われてしまうかもしれません。なら、私を死んだことにしてその、娶ってくれませぬか?」  ポカンとした表情が、だんだんと納得のいく表情になって行く。 「そういうことか」  深月様は「なら」と呟いて、私の手を取った。 「一旦は、一旦は桜原(おうはら)の屋敷に帰ろう。帰ってみなきゃ分からない」 「でも、もし祓われてしまったら?」 「そん時は俺が助けるよ」  昼間のような笑みで、深月様は言った。 「ありがとうございます。行きましょう。深月様」  私は義賊様の言う事を聞いて、義賊様が差し出した手を取った。  義賊様はまた私を抱き抱えて、闇夜を駆け抜けた。
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