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第九話 祝言
丹後にある桜原の屋敷に戻れば、父上が泣いて私に抱き着いて来た。
「よかった。月代。生きててくれて」
「けど、父上、私は妖になってしまいました」
「そんなことなどどうでも良い。生きてくれたのだから」
父上は私から離れて、深月様のところに駆け寄った。
「義賊殿。娘を助けて頂き、誠にありがとうございます」
「いえ、当然のことをした迄です」
深月様はゆっくり後ろに下がって、何処かに行こうとしていた。
「義賊様? 何処へ?」
「親子の再会の時に、見ず知らずの盗人が邪魔したらいけねぇだろ」
義賊様はまた後ろに下がって、本当に何処かに行こうとしていた。
「義賊様! 待ってくださいまし!」
私は義賊様の手を取って、父上の方を見た。
「ど、どうしたんだ月代」
「父上。今まで育ててくださった御恩は忘れません。ですけど、私は共に生を歩みたい方が出来たのです」
「義賊殿か?」
父上の質問に頷いた。
「そうか」
父上はホロリと涙を流して月を見上げた。
「惚れてしまったという感情は、親兄弟がうるさくとやかく言った所でどうにかなるものじゃない。月代。義賊殿と、添い遂げる覚悟があるんだね?」
父上の言葉に、私はコクリと頷いた。
「義賊殿も、月代と添い遂げる覚悟が?」
義賊様も頷いた。
「なら、認めるよ」
父上は諦めたように言った。
「何か、隠しているのか?」
義賊様が低い声で、少し怒っているかのように父上に聞いた。
「いや、とうに昔のこと。これは私と妻で墓まで持って行くと覚悟したんだ」
結局、父上は何も教えてはくれなかった。
私と義賊様は別の場所に移り住み、滅多なことでは桜原の屋敷に帰らないと決めた。
◇
俺は白粉屋から、月代は桜原の屋敷から移り住んだ信濃のとある里は、月が美しいことで有名な里だった。
「ではこれより。陸斗様と月代様の祝言を始めさせていただきます」
鴉天狗が、今日来てくれた皆にそう言った。
四半刻程かけて全ての儀を終え、俺達は普通の着物に着替えて、その場にいる皆で宴となった。
近くにいた者と最近の話をしたり、遠くにいた親類が「そろそろ家の娘も結婚させなければなぁ」なんて話している。
「良かったのぉ陸斗、惚れた女子を嫁に出来て」
──ぬらり。
親父は音も立てずに俺に近付いて来た。
隣にドカリと座って、右手で俺の左肩をポンポンと軽く叩きながらそう言った。
お袋は月代の隣で「あの子は、意外に頼りないものですが、末永くあの子の傍にいてやってください」と深々と頭を下げながら言っていた。
「何はともあれ、よかったじゃねぇか。俺より先に嫁さん見付けられてよ」
亮がニヤニヤと笑いながら俺に近付いてきた。
「お前は? 嫁さん娶る気ねぇのか?」
わざと煽るように言ってみせれば、亮は徳利を持って俺の前に座った。
「俺はまだ良いかな。まだまだ遊びてぇんだよ」
そう言うと、猪口を膳の上に乗せて、またフラリと何処かに行ってしまった。
義賊も、もう引退かな。
俺の隣でずっと絡んでくる親父を適当にあしらいながら、そんなことを思っていた。
元々俺が義賊を始めたのは、金を独り占めして、豪遊して、貧しい者を蔑み笑う奴等が嫌いだったからだ。
だが、月代を妻として娶った今、そんなことは出来ない。
「深月様?」
月代が俺の顔を覗き込んで言った。
「月代。俺の真名は陸斗。この前教えただろう?」
「どう呼んで良いか、分からなくて」
「そのまま。陸斗で良い」
そう言って月代の頭を撫でると、宴の場にいる皆から暖かい視線が送られた。
「まぁまぁ、ご両人お似合いね」
「そろそろお開きに?」
「ワシらどうやら邪魔なようじゃな」
クスクスと笑う声、安心したように見守る者がいる。
「今日はお開きじゃ。さぁ皆帰った帰った」
親父はそう言って皆を帰した。
「じゃあ、私達も帰るよ」
全員分の膳を片付けてから、お袋は言った。
「ほら宿に帰りますよ貴方」
親父の袖を引っ張って、お袋達は宿に帰って行った。
「今日の所はゆっくり休むか」
月代に言うと、月代は少し頬を赤らめた。
「そ、そうですね」
俺は月代の右肩を右手でポンポンと軽く叩いた。
「さぁ、中に行こう」
これからも、ずっと宜しくな。
月代。
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