不倫したらわかること

2/2
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
     不倫って、大人の遊びかな。 たった一度きりの人生、出逢った形がなんであれ、恋は恋。肉体関係は快楽だもの。後悔なんて野暮な言葉など思い浮かぶはずはない。昔は一夫多妻性なんて時もあったじゃない。 清美はここまで書き込むと、毎日更新していたブログに、暫くお休みしますと添えて公開した。  今はブログを書き続ける気にはなれない問題が、清美を襲っていたのだ。  携帯のメール着信音が鳴った。 「あっ、きた」 清美は慌ててメールを開いた。 「転勤が正式にきまった。今夜そっちによる」 大きな溜息と、離れ離れになる恐怖に、清美の身体は静かに床に沈んでいった。目の前が真っ暗で、何も考えたくなかった。  武政課長と出逢って二年。 不倫は悪と知りながら、どうすることもできず、運命に身を任せ、誰も傷つけず、静かに愛を深めていただけなのに。誰かが社長に密告したのだ。でもなきゃこんな時期の転勤などありえない。ただの見せしめにすぎない。清美の会社は婚活会社であり、社長は目下独身を貫く川端沙織46歳だ。 社長が最も嫌いとするのは不倫。過去に見つかった社員も何名か解雇にされていた。噂によると、社長は若い時に不倫相手の子供を身籠り墮胎したと聞いている。おそらく以来恋愛は敢えてしないのだろう。そのせいか社内恋愛は誰もが極力控えていた。むろん、清美も最大限の注意は払ってはいた。ただ一度だけ玄関先で、武政課長からメールが入り、読んでいた時に、当時不倫を噂されてる同僚の薫に見られた事があり、多少は気にはしていた。その薫も二週間前に一身上の都合で急に退職し、社内では、元松部長との不倫関係で処分されたのではないかと囁かされていたが、真相は全くわからなかった。  時計の針が十一時過ぎた頃ドアが開き、濡れた傘を閉じながら武政課長が入ってきた。 清美は先行きの不安を払拭するかのように、武政課長に唇を重ね、強く吸いだした。武政も苛立つ感情をそのまま清美の身体に押しあて、靴も脱がずにその場で清美を裸にした。息を荒げ激しく求め合い、性欲の限りを味わいあった。果てた二人を埋める言葉は何もなく、眠りに落ちていった。  武政課長を見る事のなくなった会社は、なんの意味もなく、清美は毎日寂しさに泣き暮れた。 深夜に何時間電話しても空虚感は変わらず、一度は退職を考え、武政課長のいる転勤先に引っ越そうとも考えた。 しかし、半年も過ぎだす頃になると、武政課長の新天地の上司の愚痴が増えだし、清美は武政課長の意外な一面を不快に感じだしていた。 だんだん愚痴ばかりになる電話が嫌になり、月に一度、本社会議で必ず戻ってくる日だけを楽しみに待つようにしたが、清美の心など何の関心もなくアパートにきては性行為を繰り返すだけの関係になっていった。清美は、そんな扱いしかされない事に不信感を募らせ、初めて奥さんの事を口にだしてしまった。 「たまには手料理するから、夕飯一緒に食べない、材料買ってあるのよ。それとも奥さんの料理が恋しいの」 武政課長はネクタイをしめながら 「無理無理。僅かな時間をわりふりしてここにも来てるんだよ。今日は、家で子供が夕飯作ってるらしいんだ、帰らなきゃさ」 清美は、自分がバカにされたような気になり、ミジメで、とうとう大声をだしてしまった。 「これじゃあ、セフレじゃない!」 武政課長は、初めて見る清美の怒りにネクタイをしめる手がとまった。 「どうしたんだよ、急に。セフレじゃないだろ、俺は清美以外とはしないよ、家内とは随分前からレスだし」 清美は、その返事に更に腹がたち 「じゃあ、奥さんとレスじゃなかったら、こうならなかったってことなの」 「そんなことわかんないよ」 武政課長はめんどくさそうな顔をした。 「わかんないってさ、、、武政課長は、私を一体どう思ってるのよ」 「なんだよ、今更。こうゆうもんじゃないの、こうゆう関係って」 武政課長は身なりを整え、ドアへ向かった。 「おいおい子供じゃないんだから、困らせないでくれよ。帰ったら連絡するから」 清美は返事をしなかった。 一人きりになり、自分ってなんだろうと思うと悔しさで涙が溢れてきた。 その時、携帯のメール着信音がなった。 清美は武政課長だと思い、無視しようかと思ったが見てみると、驚いた事にメール先は退職した薫だった。 「お久しぶり、清美にずっと謝らなきゃと思ってたことがあって、、、勇気出してメールしたの」 清美は、なんの事だかわからずとりあえず返事した。 「久しぶり、どうしたの?」 「今、時間あるなら電話したいけどいいかしら」 「もちろん、いいよ」 清美は、武政課長と言い合いの後で少し深呼吸をした。 「もしもし、忙しい時にごめんね。清美元気だった」 「うん。まあ。そこそこ」 「そっかあ、清美、いきなりだけどさ、私さ清美と武政課長との事を、元松部長に怪しいと話してた事があって、、、」 「そんなことか、いいよ別に気にしないで」 「武政課長とは、今も続てるの」 「まあ、それなりに」 「うまくいってるなら良いんだけど、私が元松部長に言わなかったから、武政課長転勤しなくて良かっただろうなあなんて思ってさ。わたし達の不倫関係が社長に知れた時に、他にも不倫している社員いないかと、しつこく問われて…私は知りませんと答えたんだけど、元松部長が言ってしまって」 清美はやっぱり薫かと内心思ったが、数分前の武政課長との口論で腹は立たなかった。 「そっか、仕方ないないよ、事実なんだしさ」 「それが、社長は今回に限り情報提供してくれたから、元松部長は処分なしと言ってさ、驚いたわ。社長は元松部長は気に入ってるからなのかなあとか」「そうなんだあ」 「うん、それで、見せしめに武政課長を処分したんじゃないかと思って、、全て私の憶測だけど」 「まあ、終わった事だからいいよ。ところで、どうして薫は退職したの?」 薫は少し黙った。 「ん、、、情けない話しだけど、元松部長が、いつかこの話しを、私が口すべらしで、外部に漏らさないよなと、何度か言ってきてさ」 「えっ、ひどい、最低」 清美は、少し前の武政課長の心無い言動と重なった。 「まあ、私もショックだったよ。しかも、清美達には間違いなく迷惑かかるの目に見えてたし、、だから、私会社からいなくなった方がいいなと思ってさ」 清美は、薫が不憫に思えた。 「でもさ、今こうして清美に謝れてスッキリした〜。ずーっと気になってたから。ごめんね」 「いいよ、いいよ。気にしないで、武政課長が転勤して、離れ離れになって相手が見えてくる事もあるしさ。私達もぼちぼち潮時かも」 清美は、初めて自分の胸中を武政課長以外に話した。 「もしかしたら、その方がいいのかもよ。不倫なんて未来がない感じするからさ、そのうちいい事あるよ」 「そうだね」 清美は時計の針を見ながら、ぼちぼち電話をきろうとすると、 「清美、こんな時に話すのもどうかと思うけど」 「どうしたの」 清美は少し面倒臭くなっていた。 「実はさ、私、元松部長とは別れてから新しい彼氏できちゃって」 「えー」 清美は深夜なのに大声をだした。 「それでさ、、、」 「何よ、どうしたのよ、勿体つけないでよ」 薫は一つ深呼吸をして 「できちゃって」 「えっ何が」 「赤ちゃん、、来年結婚することにしたのよ」 清美は息が止まった。  「薫、すごいじゃない!おめでとう」 「う、うん。順番は逆になっちゃたけど、自分でもびっくりしてて。結婚しよって言ってくれたからさ、それに何よりいい年だしね」 清美は、自分も三十歳間近だという現実を突きつけられ、顔が歪んだ。 「清美、今日は色々話を聞いてくれてありがとう。また連絡するね」 「うん、おやすみ」  清美は、薫は謝りたいのではなく、元松部長と別れ退職したミジメな女ではないと、誰かに伝えたかっただけじゃないかとも皮肉な気持ちになった。  薫と電話してからというもの、武政課長にメールを送信する回数は更に減った。月に一度、肉体関係で終わる事が、バカらしくさえ感じ始めていた。  そんなある日、月末会議の受付を急に言いつけられ、清美は久しぶりの緊張感に胸が高鳴った。化粧を直し身なりをチェックし、気品ある立ち方を意識しながら仕事をした。大勢の役員が次から次と清美の前で立ち止まっては、中へ入っていった。 「山下君、そろそろあがっても良さそうだな」 会議室から、薫の元不倫相手の元松部長が、声をかけてきた。 「はい、わかりました」 清美は、元松部長が、武政課長との不倫関係を知っているかと思うと、ついさっき迄全身を駆け巡っていた躍動感が一気に消え失せていった。さっさと、受付場所を片して帰宅しようとしていると、総務から男性がやってきて手伝ってくれた。渡辺とネームのついた男性は、見たこともない、清美より一回り若い男性だった。 「ありがとう、助かったわ」 清美は明るく、お礼をいった。 「俺、ばか力だけが取り柄なんで」 そう言うと、ワイシャツから腕に力こぶを作り笑わせた。清美は、いつも武政課長の腕ばかり見てきたせいか、若々しい身体を間近で見て圧倒された。 「じゃ、また、何か重い物で困ったら、総務の渡辺に連絡してください」  渡辺はそう言い残し笑顔で去ってった。  清美は、外の雨が気になり急いで玄関へ向うと、目の前に武政課長が立っていた。清美は夢かと思い声が出なかった。すると更に驚いた事に、さっき迄一緒にいた渡辺が玄関にやってきた。 「あれ、先輩今から帰るんすか、外は、雨だし駅迄送りますよ」 「あ、、、確かに雨だね」 武政課長は、知らんぬふりをしながら傘立ての方へ行った。 「先輩、駅迄送りますって、遠慮しないで、これもなにかの縁ですから」 清美はチラッと武政課長を見た。すると渡辺も武政課長に気づき礼儀正しく挨拶した。 「お疲れ様です」 渡辺は清々しく武政課長に頭を下げた。 「さっ、先輩、行きましょ、本降りになってきましたよ」 清美は、渡辺の差し出した大きな傘に中に入り歩き出した。 「先輩、すいません、相合い傘になっちゃって」 清美はそわそわしながら一瞬振り返り、武政課長と三メーター離れだし所へきた瞬間足を止めた。 「どうしたんですか先輩、忘れ物ですか」 「あっ、そうなの渡辺君、私まだ仕事あったの思い出して、ごめんなさい。」  「あっ、なら傘貸しますよ。じゃ」 渡辺はそうゆうと雨の中へ飛び出していった。 傘を持つ清美は、渡辺を一瞬見送りながら、足早に武政課長へ向かった。 「どうしたのよ。急に」 「無理して戻ってこなくてもいいぞ、どうしたのは私の台詞だよ。新しい男ができたから、連絡こなくなってたんだな。清美も運命の二人だなんて近寄ってきたが、やはり若い男がいいんだな」 「違うわよ、そんな関係じゃないから」 武政課長は少し苛立った顔をしながら 「本社勤務に戻される事になった」 と言った。清美は嬉しいはずなのに、何も言えずに立っていた。 「清美を驚かそうと思って言ってなかったんだが、逆に驚かされるとはな」 武政課長はそう言い残し会議室の方へあるき出していった。 清美は、渡辺の傘を握りしめながら、武政課長を追うのか、雨の中へ向かうのか迷った。 そして、清美は地面に落ちる涙を踏み潰しながら駅へ向かった。  駅につくと電車は遅れていた。 清美は発車時刻を確認し、近くのコンビニへコーヒーを買いに入った。 「あれ、先輩、また逢いましたね」 振り返るのと、渡辺だった。 「俺の家、この近くなんすよ、すげー雨ですもんね、ところで仕事早かったすね」 清美は、渡辺の優しさに救われる思いだった。 「あっ、結局、私の勘違いだったのよ」 「だったら、俺待ってれば良かったすね」 「そんな事ないよ、渡辺君の傘のおかげで、本当に助かったよ〜ありがとう」 「それにしても先輩、よく俺たち会いますね。これって、もしかしたら運命の二人だったり」 清美は目を丸くした。 「冗談すよ、冗談、冗談。俺みたいなのが先輩みたいな綺麗な人に相手されるわけないでしょう」 清美は渡辺の陽気さに癒やされていた。 清美は、買ったコーヒー片手に渡辺に傘を返そうとした。 「あっ、いっすよ、俺は車だし。それより先輩電車降りてから傘ないと、まずいっすよ」 「じゃあ借りておくね、渡辺くん、返す時どうしたらいいかしら、、、あっ、電話番号教えてもらえる」 渡辺は嬉しそうに小さくガッツポーズをした。 「えっどうしたの」 「こうゆう事ってあるんだなあ、だって俺から先輩に、電話番号聞けるはずないじゃないすか、やっぱり、運命の二人すかね」 清美は笑った。 「じゃ、また後で」 「はい!今日は吉日だ〜」 渡辺はそう叫びながら、雨の中へ走り出していった。  清美は、なぜだか嬉しかった。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!