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「お父さん! 出棺だから、ほら、出て!」
娘の京香のキンキン声が響く。
ああ、解ってるわい。
私は重い腰を上げると、祭壇に掲げていた家内の遺影に手を伸ばした。
車にはねられても死にゃしないと言われていたほど頑丈が取り柄だったはずの家内は、心臓のナントカとか言う病気で呆気なく逝ってしまった。遺影の家内は上品に口角を上げて、これ以上ない位の満面の笑顔を作っている。
こんな写真、どこから見つけてきたのやら。
遺影を選んだのは娘たちだ。
ガハハと大口を開けて豪快に笑っていたアイツは、こんな顔も出来たんだな。
つい、手を止めてマジマジと家内の遺影を見詰めた。昔っから気の強いヤツで、「ああ言えばこう言う」でなかなか黙らんから、我が家はいつも舌戦の応酬。賑やかと言えば、まぁ、賑やかだった。
「お父さん! もう! 悲しんでるのは解るけど、皆さんをお待たせしてるんだから早く!」
葬儀社の人々と部屋に入ってきた長女の京香が、家内そっくりの口調で私を叱責する。
「ああ、なんども言わずとも解っとるわ」
「解ってないから行動に移せないんでしょうが!」
「……お前はホント、登美子みたいだな。公敏クンは辟易しとらんか?」
「伴侶の趣味までお母さん似だったのかしらね。いやんなっちゃう!」
不格好に崩れたプロポーションを喪服に押し込んだ長女は、中年から初老に差し掛かろうとしている。私もいい加減、棺桶に片足を突っ込む頃合いになるというモノだ。
京香はイライラと私の袖を摘んで部屋の出口に向かって引っぱった。私は引かれるがまま、のそのそと娘について行く。背後では葬儀社の人々が祭壇を片づけ始めていた。
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