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藍の左側の席の若い女性が、小刻みにジャンプしながら盛り上がっている。
瞬間、彼女が少しバランスを崩し、お互いの肩がぶつかり、藍の身体も少し傾いてしまう。
「あ、すみません!」
「あ、いえ」
お互い顔を見合わせ小声で交わした前か後か、眼鏡の縁に何かがぶつかったような気はした。よくは分からなかったけど。
ただ、その直後、視界に映っていた何もかもが形を失くしたのだ。
眼鏡、どっかに飛んでった?!
はぁ? 勘弁してよ! 何で今、ラストの曲のこのタイミングで?
咄嗟に屈んで床を撫でるように眼鏡を探す。真下に落ちているだろうと思った安易な考えは、すぐに打ち砕かれる。
続いて周りをキョロキョロ探してみるが、客席は暗い。
おまけに眼鏡のない不自由な目では、それを見つける能力などない。
右隣にいる、友人でライブ同行者の玲美が、藍の不審な行動に気付く。
「ん? 藍、どうかした?」
「最悪。眼鏡飛んでった」
「はぃ?!」
「どうもタオルに当たって、すっ飛んだっぽい」
玲美はその場面を想像して一瞬吹き出した。
でもこれは深刻な事態だと、すぐに真顔になる。
音楽はホールの床を震わせ、ますます盛り上がっている。
客席から「キャーーッ!!」という叫び声が、どよめくように聞こえた。
おそらくメンバーの誰かが、キラーポーズでも決めたんだろう。
投げキスとか、ウインクとか、指差しとか……。
誰? もしかしてアキだった? それなら見たかった……悔しさと腹立たしさが湧いてくる。
いや、でも多分そういう事をするのは、サービス精神旺盛な『藤崎陽人(ハル)』か、ノリの軽い『早水航輝(コウキ)』だろう。
基本クールで、照れツン男子(恥ずかしさにデレる事もできず、ついツンと澄ましてしまう男子:藍たちの造語)のアキが、積極的にそんな事をする筈がない。
そう決めつけて自分を慰める。
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