55 ごあいさつが先です

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55 ごあいさつが先です

 敦司と美香ちゃんにお礼を言って、敦司の家をあとにする。  冬磨の家はすぐそこだ。それでも俺たちは、また自然と手を繋いだ。 「敦司の彼女にそのうち見られるかもだな。どうする?」 「うん。今日はもう遅いしどうしようかなって思ったけど、今度ゆっくり俺のこと話そうと思う。美香ちゃんなら……大丈夫かなって思うから」  うん。きっと大丈夫。だって美香ちゃんだもん。  エレベーターに乗り込んで、動き出すと同時に冬磨が口を開いた。 「……嫉妬されるかもよ?」 「え?」 「俺が敦司に嫉妬するみたいにさ」  そう言われて急に不安になった。 「そ……そう、かな。どうしよう……」  俺は敦司をそういう目で見たことがないから思いも寄らなかった。  そっか……俺は美香ちゃんの嫉妬の対象になっちゃうんだ……。 「……なんてな? 大丈夫だって。俺が大好きだーっていっぱいアピールしとけ。ほかは誰も目に入りません。って、ちょっと大げさに言っとけばいいさ」 「……そんなの、大げさじゃなくてもいっぱいアピールできるよ。だって本当に誰も目に入んないもん」  ぎゅっと繋いだ手に力を込める。  すると、エレベーターを降りてからの冬磨の歩くスピードが倍くらいに早くなった。 「え、冬磨?」  鍵を開けてドアを開き、引っ張られるように中に入ったとたんに、痛いくらいに抱きしめられる。 「天音」 「と、冬磨……んっ……」  後頭部に手を添えられて、優しくキスをされた。  優しいけれど、どこか余裕のなさそうなキス。 「……ん……っ、……ンぅ……っ……」  冬磨の熱い舌が、ゆっくりと俺を溶かしていった。  冬磨のジャケットをぎゅっと掴む手が震える。 「は……ぁ……」  どうしよう……キスだけなのに、身体が反応しちゃう……。  ベッドでは気づかなかった。冬磨のキスは、頭がぼうっとして立っているのもやっとだった。 「……ぁ、……と……ま……」 「天音……」  キスをしながら靴を脱ぐ冬磨に続いて俺も脱ぐ。  すると、冬磨は突然俺を横抱きにした。 「えっ」 「いいよな?」 「な、なに……が?」  冬磨にしがみつきながら聞き返す。 「このままベッドでいいよな?」 「えっ」  返事を待たずに寝室に入ろうとする冬磨に、俺は慌てて声を上げた。 「だ、だめだよっ」 「え?」  びっくりした顔をして冬磨の足が止まる。 「なんで?」 「だめだよっ。まだごあいさつしてないもんっ」 「ごあいさつ?」 「冬磨のご両親にごあいさつしてからだよっ」  前に来たときは冬磨が心配すぎて、あいさつもなしにベッドに行った。  でも、今日はちゃんとあいさつしないと。 「……天音、そんなのあとでいいって」 「だめっ。ちゃんとお邪魔しますって言ってからだよっ」 「……ムードは?」 「ご……ごあいさつが先っ」 「……そうか。これが天音か……」  冬磨は諦めたように苦笑して、俺を横抱きにしたまま和室へと向かった。 「冬磨、先に手洗い……」 「ふはっ。いま言われると思った」  手洗いを済ませて、仏壇の前に二人で腰を下ろす。  冬磨はロウソクに火をつけて線香を上げると、手を合わせながら仏壇に話しかけた。 「父さん、母さん。天音が俺の恋人になってくれたよ。すげぇだろ?」  驚いて冬磨を見る。  え、いまの言い方って……俺のことご両親に話したことあるのかな。  どんな話をしたんだろう。ものすごく気になった。 「俺いま人生で最高に幸せだから。安心してくれよな」  人生で……最高に幸せ……。 「いいよ、天音」  場所を譲ろうとした冬磨は、今にもこぼれそうな俺の涙を見て眉を下げた。 「抱きしめていい?」 「……こ、ここでは……」 「だめだよな? 言うと思った」  と笑いながら俺の頭をくしゃっと撫でた。  冬磨に続いて俺もお線香を上げる。  手を合わせてから、俺も声に出したほうがいいのかな……? と悩んだけれど、恥ずかしいから心の中にした。    冬磨のお父さん、お母さん、天音です。また夜遅くにお邪魔してしまいました。すみません。えっと……今日は謝りたいことがあります。僕は、冬磨の前でずっと演技をしていました。冬磨を騙していました。本当に……本当に申し訳ありません。それでも冬磨は僕を許してくれて、僕を好きだと言ってくれました。冬磨が僕を好きだなんて、まだ夢みたいで信じられません。でも、許されるならずっとずっと冬磨のそばにいたいです。大好きな冬磨のそばに、できれば……ずっと……永遠に……。僕なんかが冬磨のそばにいること、どうかどうか……お許しください。  目を開けると、案の定、冬磨がクスクスと笑った。 「父さんも母さんも、天音が可愛いって言ってるよ。大好きだってさ」  そんな言葉は聞こえるはずがないってわかっているけれど、冬磨のその優しい嘘が泣きたくなるほど嬉しかった。 「ありがと……冬磨」 「あ、信じてねぇな?」 「ううん。信じてる」  二人で目を見合わせてクスクス笑った。    
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