58 朝から心臓壊れます

1/1
前へ
/91ページ
次へ

58 朝から心臓壊れます

 気持ちいい。  優しく頭を撫でられる感触。  ずっとこうされていたい、ずっと……。この手……好き。  とろとろとまどろみながら、まだ夢の中に俺はいた。 「あー……かわい……」  大好きな人の声が耳の届いて、まどろみから一気に覚める。  目を開くと冬磨のとびきりの笑顔が目の前にあって、心臓が跳ね上がった。 「おはよ。天音」 「……お、はよう……冬磨」  冬磨の顔を見ると、反射的にビッチ天音のスイッチが入りそうになった。  違う……もうビッチ天音は封印だった……。  ゆっくりと冬磨の顔が近づいてきて、心臓がドキドキと高鳴る。そっと唇が合わさった。優しくふれるだけのキス。リップ音で唇が離れていって、冬磨がとろけるような笑顔を見せた。  朝から……心臓壊れちゃいそう……。 「……いつから……起きてたの?」  どれくらい寝顔を見られてたんだろうと恥ずかしくなった。 「ずっと」 「え……ずっと、って……?」 「寝て起きたら夢でしたってオチだったら怖いだろ。だから、ずっと起きてお前見てた」 「え……っ、寝てないの……っ?」  驚く俺に冬磨が笑う。 「あー可愛い。ほんと可愛いしか出てこねぇわ……。んじゃ、起きて飯食うか」 「と、冬磨、本当に寝てないの?」  起き上がってベッドを降りる冬磨に俺も続く。 「ふはっ。冗談だよ。ちゃんと寝たって。お前よりちょっとだけ早く起きただけだ」 「な……んだ。そっか。びっくりした」  ホッとする俺に冬磨は微笑んで、ほら準備するぞ? と俺の背中を押した。  昨夜は二人でシャワーを浴びたあと、ベッドの中で眠るまで色々な話をした。  冬磨は今二十八歳で、俺とは五歳差だとわかった。  誕生日は俺が十二月で冬磨が五月。冬磨の誕生日がもうすぎていて残念だった。  俺の家族のこと、会社のこと、冬磨の話、色々話して気がつくと眠ってた。  お互いの知らなかったこと、聞きたくても聞けなかったことをたくさん知ることができて、それだけで自分がすごく冬磨の特別になれた気分で本当に幸せ。 「朝からちゃんと線香上げたの何年ぶりだろ」  仏壇に手を合わせたあと、冬磨はそうつぶやいて苦笑した。  俺も冬磨のあとに手を合わせる。朝からごあいさつできる日が来るなんて……本当に幸せだった。  朝食を二人で一緒に準備してテーブルにつく。  解凍してトースターで焼いたロールパンを頬張って「やっぱり焼きたてみたいっ」と笑顔になると、冬磨が額に手を当てて下を向いて何かをボソッとつぶやいた。  聞こえなかったけれど、たぶんまた「可愛い」と言ってるんだろうなと、さすがに自惚れじゃなくわかってしまって顔が火照った。  一緒に家を出て手を繋ぐ。朝は人の目が多いからやめとくか? と繋いでから言われたけれど、俺は離さなかった。  せっかく冬磨と恋人になれたのに、手を繋ぐのを我慢するなんてもったいない。繋げるときは繋ぎたい。  そう伝えると、めずらしく冬磨の耳が赤くなって可愛いかった。 「天音、今日さ」 「うん?」 「帰りは送ってくから……また(うち)来ないか?」 「行くっ!」  あ、食い気味に答えちゃった。  だって冬磨に会えるなら毎日会いたいもん。  冬磨は小さく吹き出して、でも嬉しそうに「じゃあ、仕事終わったら来て」と優しく微笑んだ。 「今度からスーツ二着置いとけな?」 「……うん。そうする」  冬磨との会話、全部が幸せ……。  地下鉄で並んでゆられて、二駅しか乗らない俺が先に降りる。振り返って手を振ると、冬磨の唇が「好きだよ」と動いた。そう見えた。  一気に顔が火照った俺を見て冬磨が破顔した。  そんな冬磨を乗せた地下鉄がゆっくり動き出して、あっという間に目の前から消えてしまう。  どうしよう……もう寂しい。  また夜になったら会えるのに、すごく寂しい……。           ◇     出勤したとたん、松島さんに拉致られた。 「えっ、あの、松島さんっ?」  会議室に連れ込まれ、首周りをジロジロと舐めるように見られた。   「やっぱり」 「え……?」    心配そうな表情。でも、ぎゅっと眉を寄せて怒ってるようにも見える。   「星川は無事だって佐藤が報告してきたけどさ。冬磨って奴もどうなのよ。全然無事に見えないわ。また腕にもいっぱい付いてるんでしょう?」 「え……っと」    腕にも、と言う言葉で、キスマークのことだとわかった。  やっぱり腕も見られちゃってたんだ。  松島さんの中で冬磨ってどんなイメージなんだろう。 『天音、金曜泊まりで。強制。以上』  たまたま見られたメッセージがあれだもんな。  いいイメージなんてないんだろうな……。   「あの、松島さん。実は……ですね」 「うん、実は?」 「えっと、その……冬磨と……」 「冬磨と? なによ、冬磨と何かあった?」  すごく心配そうな松島さんの表情に、本当に申し訳なく思った。  昨夜、詳細を松島さんに話してしまったと敦司から謝罪のメッセージを受け取っていた。松島さんはすべてわかっているから、こんなに俺を心配してくれているんだ。  だから、もう本当に心配ないってことを伝えなくちゃ。 「あの、俺、冬磨と……正式にお付き合いすることになりました」  松島さんの目を見て、はっきりと伝えた。  すると、松島さんの眉がさらに寄って、どんどん顔が青ざめていく。 「嘘でしょ……」  あれ? なんで?  
/91ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1638人が本棚に入れています
本棚に追加