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61 俺、マスコットだったの?
「おう、敦司」
冬磨が敦司に気づいて親しげに声をかけた。
「冬磨……あんたって、そんな感じなんだな」
「そんな感じ?」
「外でもデレッデレ」
敦司の遠慮のない物言いにハラハラしたけれど、冬磨はなにも気にしないというように笑顔で答えた。
「だって天音だぞ? デレデレになるなって言われても無理だって。俺いま、抱きしめたいの必死でこらえてる」
冬磨も俺と同じ気持ちだった。嬉しいっ。思わず繋いだ手に力がこもった。
冬磨はそれに気づいて、俺を見て優しく目尻を下げた。
「……もはやバカップルだな」
敦司の言葉にもまた嬉しくなった。
まさか俺と冬磨がバカップルって言われるようになるなんて。
もう本当に嘘みたいで幸せ……。
「天音」
「うん?」
冬磨が松島さんを見て、誰? という顔を俺に向けて、繋いでる手をそっと離した。
冬磨の温もりがなくなって急に寂しくなる。
でも、そうだよね。上司の前では普通、手は繋がない。本当に俺は冬磨しか目に入らなくてだめだ……社会人失格。
俺が紹介をしようとすると、松島さんはそれに被せるように口を開いた。
「あー、はじめまして。松島といいます」
「あ、はじめまして。小田切と申します」
冬磨が社会人らしくスマートに頭を下げてあいさつをする。
バーでフランクにあいさつをする冬磨しか見たことがないから、あまりの不意打ちに心臓が撃ち抜かれた。
カッコイイ……冬磨……。
「小田切さん。ちょっと……お聞きしたいんですが……」
松島さんの言葉に、冬磨は「はい、なんでも聞いてください」とさわやかに答える。
「あなたはその……星川のことは本気で……」
「はい、本気です」
「…………で、しょうね。そのデレデレの顔を見れば……わかります……」
あきれたようなしらけたような、松島さんはここでもまた、救いようがない、というような顔をした。
「俺はもう天音がいれば他には何もいりません。それくらい本気です」
「……あー……なるほど……そうですか……」
確認する、と意気込んでいた松島さんが、それだけ質問して黙り込んだ。
不思議に思ってじっと見つめると、俺の視線に気づいたのか、松島さんは俺を見て苦笑した。
「なんか……色々聞いてやろうと思ってたのに、星川を見る目がもうデレデレだから……戦意喪失よ……」
ぶはっと敦司が吹き出した。
「だから言ったじゃないっすか。二人に当てられるのがオチですよって」
「……まさかここまでとは思わないでしょうよ……」
冬磨が優しい人だって、心配ないってわかってもらえたかな。
「星川」
「は、はい」
「何も心配なさそうね。よかったわ」
安心したように松島さんは笑った。
よかった、と俺はホッと胸を撫で下ろす。
「でも、これだけ言わせてください、小田切さん」
「はい」
「それはもうやめなさい」
「それ……ですか?」
松島さんは視線だけで俺の首元を指し、俺はハッとして冬磨を見た。
冬磨は松島さんの視線の先にある、俺の首の絆創膏に気づいてギクリとした表情になった。
「と、冬磨……」
「わかるでしょ? それはもう、やめなさい」
冬磨はグッとなにかを呑み込むようにして唇を結び、ゆっくりとうつむいた。
「わかっては……いるんです。でも、付けずにはいられなくて……」
「あなたが付けても、私は毎回隠しますよ」
「……天音のことになると暴走してしまって……すみません。私を止めてくださって……ありがとうございます」
「……あら。意外と素直なのね。話が通じるみたいでよかったわ」
まるで拍子抜けというように、松島さんは意外そうな顔で冬磨を見てから笑顔になった。
「冬磨……」
「ごめんな天音。前のときは頭が沸騰してたし、昨日は……付けずにはいられなくてさ」
「俺も付けたから同じだよ……」
「お前のは見えねぇじゃん。全然違うだろ」
俺が付けたやつは見えないんだ、そっか。ちょっと残念……と思ってしまった俺はやっぱりだめだな……。でも、見えなくてよかった。
「あの、すみません松島さん」
冬磨に話しかけられた松島さんが、びっくりした顔を向ける。
「はい、なんでしょう」
「ちょっとお願いがあるんですが……よろしいでしょうか」
「お願い?」
「冬磨……?」
冬磨が松島さんにお願いってなに?
「突然のカムアウトになってしまったみたいなので、もし会社で何かあったときに天音を守ってやってほしいんです」
ちらっとビルに視線を向けて、心配そうな声色で冬磨が言った。
「会社の前なのに、つい自然と手を繋いでしまって……申し訳ありません」
冬磨が松島さんに頭まで下げるから、俺は慌てて声を上げた。
「俺が繋ぎたかったから繋いだんだよっ?」
「うん。見られてもいいってお前言ってたもんな?」
「そうだよっ。だから俺が自分でなんとかするし、冬磨が謝ることじゃないよっ」
「心配くらいさせろよ」
と、くしゃっと頭を撫でられる。
「そうよ、もっとみんなを頼っていいのよ、星川」
「松島さん……」
「俺も頼れよ、天音。なんだよ自分でなんとかするって」
「あ、敦司……」
ゲイバレする覚悟で、昨日からずっと冬磨と手を繋いでた。
たとえそれで会社に居づらくなっても、俺は一人で耐えるつもりだった。恋人と手を繋ぐことは夢だったし、我慢したくなかったから。
助けてもらおうとは思っていなかったのに、松島さんと敦司の言葉があたたかくて嬉しくて胸が熱くなった。
「あの……松島さん、敦司も……迷惑かけることになってしまってすみません……」
「星川はなにも悪いことはしてないでしょ? 恋愛は自由なんだから」
「そうそう」
「あ、ありがとうございます……」
俺が会社の前で手を繋いだせいで迷惑をかけることになったのに、二人は優しく笑ってくれた。
「まあ、うちのマスコット的存在の星川だからそんなに心配はないと思うけどね。でも、もしなにかあればもちろん守るしなんとかするわ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
松島さんがよく分からないことを言った。
なに、マスコットって……俺マスコットだったの? なにそれ全然知らない……。
「まあ相手が冬磨だからな。もうすでに好意的な反応みたいだし」
敦司の言葉にみんながビルに目を向けた。
「ちょっともうっ。萌えるーっ!」
「あのイケメンと星川くんってやばすぎでしょっ」
「星川くん可愛いーっ!」
想像してた反応とまったく違って戸惑いしかなかった。
相手が冬磨だと、ここまで反応って好意的になるんだな……。
「明日大変そうだな……天音」
冬磨が心配そうに俺を見るから、心配ないよと笑った。
「覚悟の上だから大丈夫」
「……そっか。会社の中は助けてやれないから……頑張れよ。松島さん、敦司も、本当によろしくお願いします」
「まかせて」
「まかせろ」
笑顔でうなずく二人に感動しながら俺もお礼を伝えると、二人にも頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。
「……つうかマスコット的存在って。さすが天音だな……」
冬磨のつぶやきに二人が笑った。
いつからそんなことになっていたのか、俺は何も知らないんだけど……。
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