あの男は誰だ✦side冬磨✦ 1

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あの男は誰だ✦side冬磨✦ 1

「天音って、会社では昼っていつもどうしてんだ?」 「お昼? いつも社食だよ。あ、たまにみんなで外に出るかな?」 「たまに?」 「うん。松島さんが行くぞーって言ったら」 「はは。なる」    じゃあな、と手を振って、地下鉄を降りる天音を見送った。  いつも天音はこのとき、可愛くはにかむ。  そろそろ慣れてもいい頃だと思うが、いつまでも意識してくれる天音に俺は内心安堵してる。いつまでも意識していてほしい。ずっと大好きって瞳で俺を見ていてほしい。あの瞳の熱が消えるのは寂しい。  ……なんてな。そんなの、いつかは慣れるよな。それがいつ来てもいいように覚悟しておこう、とため息をついた。  俺は外回りで天音の会社付近に行くとき、わざと昼時を狙っていた。会えたらいいな、なんて思いながら。  でも、社食で食べてるなら会えることは無いな。ちょっと残念だ。  なんて思ってたのになんだあれ。  今日は狙ったわけではなかったが、昼時に天音の会社の近くに来たついでに習慣で回り道をした。  時計を見るとちょうど十二時。社食はどの窓だ? なんて考えながら、道路を挟んで反対側の歩道から天音の会社を眺める自分に苦笑する。  さて帰るか、と足を動かしたそのとき、天音が男と二人でビルから出てきた。  男に頭を撫でられ天音が笑ってる。なんだあれ。誰だあれ。敦司どこいった。天音を守れよ。  敦司にだって嫉妬してるくせに、都合よく引っ張りだして心の中で文句を言った。  始終ニコニコして男と並んで歩く天音に気持ちが乱れる。心がざわざわする。  会社でも天音はいつもああなんだろう。優しくてあたたかい日だまりの笑顔。あの男だからじゃない。みんなにそうなんだ。頭では分かっていても嫉妬心で苦しくなる。  外に出るのは松島さんが行くぞって言ったときだけじゃなかったのかよ。みんなで行くんじゃなかったのかよ。なんで二人なんだ。敦司はどうした。  天音から何も聞いたことはなかったが、昼はいつも敦司と食べてるもんだとばかり思ってた。それはそれで嫉妬はするけど安心もしてた。それなのに。 「誰なんだよ……」  二人は近くのビルの中に入って行く。看板を確認すると、中にはイタリアンの店が入ってた。昼をとるとすればそこだけだろう。  ビルを眺めてしばらく立ちつくした。もしかしたら他の社員も来るのかもしれない。松島さんや敦司があとから合流するのかもしれない。  そう期待したけれど、五分待っても十分待っても知ってる顔が現れることはなかった。 「天音、今日さ……」 「うん?」  仕事帰り、天音はいつも通りの顔で駅の待ち合わせにやってきた。俺に会えて嬉しい、という満面の笑みで。  本当は会ったらすぐに聞こうと思っていた。  昼の男は誰?  なんで二人だった?  でも、笑顔で手を繋いでくる天音に、俺は言葉を呑み込んだ。 「……あー……久しぶりにどっかで食べて帰るか?」 「あ! じゃあ俺、近所のお店開拓したい!」 「どっか目星つけてんの?」 「うんっ。えっとね……」  天音が目をつけていた焼き鳥屋は、外見はとてもこぢんまりしていた。その見た目から店内は静かだろうと想像したけれど、実際に扉を開けると思いのほか賑やかで、期待以上に美味しかった。  間違いなく俺たちの行きつけになるだろう。  でも俺は、美味しい料理を食べながら、頭の中はあの男でいっぱいだった。  誰なんだ。なんで二人だった。いつも一緒に食ってんのか。何度も喉まででかかって呑み込んだ。  帰宅してからも、風呂に入ったあとも、ベッドに入ってからも、モヤモヤが消えていかない。 「冬磨……」 「ん?」  腕の中で、天音がどこかおずおずと口を開く。 「あの、ね……?」 「うん、どした?」 「あ……の、冬磨……」  言いづらそうに言葉を詰まらせ俺のパジャマをぎゅっと握る天音に、わずかに緊張が走る。 「……なに?」 「あの、なんか、……お……怒ってる?」 「は……」  ふっと緊張の糸が切れた。あまりに昼のことを気にしすぎていて、それについて何かを言うのかと思い込んでしまった。 「あ、の、ごめんっ。そんなこと言われたら怒ってなくても怒っちゃうかなってずっと我慢してたんだけど……あの、気のせいだったら……ごめんなさい……」  ずっと我慢してたと言われて胸がどきりと音を立てる。嫉妬で渦巻くこの気持ちは隠せているつもりだった。いつも通り振る舞えてると思ってた。 「なんも怒ってねぇよ。なんで……そう思った?」 「……だ……って」 「うん?」  俺にぎゅっと抱きついて胸に顔をうずめる。 「……今日は……キス……しないのかな……って……」  言われてハッとした。  そうだ、今日は帰宅してから一度もキスをしていない。  怒っているわけではなく、頭の中が嫉妬でモヤモヤしていて忙しかったからだ。いつものように甘ったるい気持ちにならなかった。キスをしていないことに気づいてなかった。 「天音、ごめん。ちょっと……ずっと考えごとしててさ。ボーッとしてた。ごめんな?」 「……そ……か。えっと、何かあった?」 「ん? うん……まぁ……ちょっと、な」  仕事のこと、と嘘をつくのは簡単だったが、もう天音に嘘をつくのは嫌だった。  顔を上げ心配そうな表情を向ける天音に、俺は優しく微笑んだ。  唇をそっと撫でて顔を近づけると、幸せそうな日だまりの笑顔で俺のキスを受ける。俺のパジャマをきゅっと握る。  天音は俺を愛してくれている。痛いほどそれが伝わる。ずっとモヤモヤしていた胸がスっと楽になった。 「なぁ天音」 「うん?」 「今日って昼なに食った?」  安心したように笑顔で見つめてくる天音に、肩の力が抜けてやっと問いかけることができた。 「え、お昼?」  パチパチと目を瞬いて可愛くきょとんとする。 「今日はみんなでイタリアン食べに行ったよ。冬磨は?」  ひゅっと息を呑んだ。  ……みんな?  みんなじゃないだろ。二人だろ? 「冬磨?」 「……みんなって?」 「えっと、松島さんと敦司と、あと他の人も合わせて六人……あ、七人で。そこの料理ね、どれ食べても美味しいんだ。今度休みの日にでも――――……」    天音の話は続いていたが耳に入ってこない。  天音が嘘を言ってる。あのビルには二人だけで入って行っただろ。そのあといくら待っても松島さんも敦司も現れなかっただろ。  なんでだよ。俺にはもう絶対嘘はつきたくないって言ってたのになんで……。  あの男と二人でいたことに後ろめたい何かがあるのか?  ……いや、まさか。天音に限ってそんなことないだろ。……ないよな?  でも、じゃあなんで嘘をつく?  上の空であいづちを打っていると、仕事で疲れてると勘違いされ、優しく寝かしつけられ、モヤモヤしたまま一晩を過ごした。  
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