あの男は誰だ✦side冬磨✦ 2

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あの男は誰だ✦side冬磨✦ 2

 翌日も、翌々日も、俺のモヤモヤはおさまらない。  嫉妬心で胸が焼け焦げそうだった。  嘘をつく理由を知りたくて何度も問い詰めようとしたけれど、怖くて肝心な言葉を口にすることもできない。ほんと、チキンな自分が情けなくなる。  天音は俺がよほど疲れてると思っているようで、毎日優しく寝かしつけてくれる。眠った振りをすると、様子をうかがいながら俺の腕の中にもぐり、胸にスリスリと甘えてくる。  そんな天音に癒やされながら、愛しさと嫉妬で胸が張り裂けそうだった。  お昼に野郎が二人で昼を取るなんて、普通に考えればなんてことはない。仕事のことで何か相談でもしてたのかもしれないし、いつも一緒に食べる相手なのかもしれない。  それでも俺の気持ちは複雑だった。天音への想いが大きすぎるせいで、小さな嘘がトゲとなって胸を刺す。  天音の嘘が、俺の嫉妬心が、一緒にいるのに甘ったるい気分にさせてくれない。疲れてると誤解されているのをいいことに、寝た振りをするのが精一杯だった。 『敦司。火曜の昼って何食った?』  何度も文字を打っては消し、打っては消しをくり返し、やっとの思いで送信したメッセージに速攻で返事がきた。 『は?』  その一言と速攻具合で敦司の感情がだだ漏れだ。  そりゃそうだな。なんだそれって質問だ。  あの日天音を目撃したあと、十分以上待っても誰も来なかったのは事実。それでも、みんなで行ったと言う天音を信じたい気持ちもある。  もうこんな気持ちは限界だった。今日の夜、天音とちゃんと話そうと思う。  ただ、それまでに一応敦司にも確認したかった。  今は仕事の始業前。たぶん自分のデスクに着き、天音がそばにいないだろう時間。仕事中は迷惑だから、俺も敦司もどちらも天音と一緒にいない時、そして天音への口止めもできる時に聞こうと思うと今しかない。  ただ敦司なら、天音と一緒のグループじゃなく個別にメッセージをした時点で察してくれると思ってた。 『火曜の昼飯。何食った? 社食で食った?』 『なんだその質問』 『いいからさ。どこで食った? 何食った?』 『火曜はみんなでイタリアンの店に行ったけど。海老のトマトクリームパスタ食った。それがどうした?』  返信を見た瞬間、疑心を抱いた。  じゃあ俺が見たのはなんだっていうんだ。  信じたい気持ちと疑念が入り混じり感情が矛盾する。   『もしかして……天音に頼まれた?』 『は? 何を?』 『聞かれたらそう言えって』    勢いでそこまで送信してから後悔する。  俺が見た事実を伝えればいいだけだろ。疑心の気持ちのせいで伝え方を間違えた。  ドッと冷や汗が吹き出した瞬間、スマホが震えた。メッセージじゃない。敦司からの着信だ。  俺は慌てて席を立ち事務所を出て電話に出た。   「……はい」 『おい、なんだよ、どうした冬磨』 「……いや、ちょっと間違えた」 『あ? 間違えたって何』  敦司がどこで電話をしているのか気になったが、廊下に出たと聞いてホッと息をつく。天音に聞かれでもしたら最悪だ。 「あー……のさ。見たんだよ。見てたんだ」 『何を』 「天音が……男と二人でビルに入って行くところ。そのあと十分以上見てたけど敦司も松島さんも来なかった」 『え? いや二人ってことはねぇよ。みんなで行ったぞ?』 「は? 嘘つくんじゃねぇよ。見たんだよ俺は」  じゃあ俺が見たあの二人はなんだって言うんだよ。  見た事実を否定されて混乱してくる。  すると、敦司が『あっ』と声を上げた。 『そうだそうだ。主任がデスクの上にスマホ忘れたって言って天音が取りに戻ったんだ』  そうだったそうだったとくり返す。 『まあいっかって主任は言ったんだけどさ。天音が「持ってきますねっ」って走って行っちゃってさ。んで、主任も慌てて追いかけてった。だから戻って来たときは二人だったんだわ』  敦司の言葉が耳を滑っていく。   やっぱり天音にそう言えって言われてるんじゃないのか。   「それはおかしいだろ」 『は? 何が?』 「俺が天音を見たのは十二時ちょうどくらいだった。それが本当なら何時に昼入ったんだ? お前の会社ってそんなゆるいの? 天音もお前も……なんで嘘つくんだ。あの男……なんかあんの?」  ドクドクと心臓が脈打ち血の気が引いた。  最初はただの嫉妬だったのに、どんどん疑惑と不信感でいっぱいになっていく。 『あのさ冬磨。天音がお前に嘘なんかつくと思うか?』 「……思ってなかったよ。そんなこと想像もしてなかった」 『じゃあそのまま信じてやれよ』  そこで始業時間になり「……仕事、行くわ」と電話を切って席に戻る。  どうやって信じればいいんだ。だったら信じさせてくれよ。もっとうまい嘘でもついてくれ。  朝礼が終わってすぐ、敦司からメッセージが届いた。 『悪い。途中から天音に聞かれてたらしい。俺が電話なんかしたから……本当にごめん』  それを読んで、また血の気が引いた。  ……マジか。最悪だ。不信感は増すし天音にはバレるし、確認しても何もいいことなんかなかった。  でも、悪いのはチキンな俺で敦司じゃない。  きっと敦司は天音から質問攻めにあうだろう。結局迷惑をかける結果になった。 『敦司が謝ることじゃないよ。俺が悪いんだ。迷惑かけてごめん。天音には隠さず話していいから』  そう返してスマホの電源を落とす。仕事用のスマホがあるから業務に影響はない。  きっと天音からメッセージが来るだろう。でも、こんなぐちゃぐちゃな感情のままそれを見る勇気が出ない。いま何か言われても、さらに不信感が増すだけだ。  天音を信じてやれない自分に心底嫌気がさした。  今日は一日キーボードをたたき、仕事の世界に没頭した。天音を思い出すと手が止まる。だから、必死に天音を脳内の隅に追いやって仕事に打ち込んだ。  笑顔を貼り付けることもできず、周りからは腫れ物をさわるかのように扱われた。  定時になっても手を止めることができない。天音を迎えに行く勇気が出ない。 「佐竹。タバコ一本分けてくんねぇか?」  斜め向かいの席で、同じく残業に突入してる後輩の佐竹に声をかける。 「えっ。せっかくやめたのに吸っちゃうんですか?」 「……一本だけだ」 「いやいやダメですよ。やめたほうがいいですって。……何があったんすか?」  佐竹が今日一日、ずっと俺の顔色をうかがっていたのは分かってた。いつも恋愛初心者の俺に色々とアドバイスをくれ、ノロケにも付き合ってくれる。  興味本位じゃなく本当に心配してくれてると分かるから、何があったんだと聞かれて、思わずすがるような目を向けてしまった。 「お、小田切主任、休憩室行きましょっ」  まだ定時を過ぎたばかりの事務所には人がたくさん残ってる。俺は佐竹に背中を押されるように休憩室へと連れて行かれた。  タバコの代わりに缶コーヒーを手渡される。缶を開けずにいつまでも握ったままでいると、佐竹が横からプルトップを開けてくれた。 「……小田切主任、彼氏さんと何があったんすか?」  原因が天音だと確信を持って聞いてくる佐竹。まぁそうだよな。俺の様子がおかしいときはいつも天音が原因だ。 「たぶん、嘘をつかれたんだ」  俺は火曜日の出来事を佐竹に話した。天音の言うこと、敦司に取った確認も、俺の見た事実と食い違ってることもすべて。    
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