あの男は誰だ✦side冬磨✦ 3

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あの男は誰だ✦side冬磨✦ 3

「うーん……俺は小田切主任の彼氏さんが嘘をつくイメージないんすよねぇ。話で聞くかぎり、曲がったことが嫌いなまっすぐな人ってイメージなんす」 「……俺もそう思ってたよ」  付き合う前にいっぱい嘘をついたからもう絶対嘘はつきたくない、と言う天音をずっと信じてた。だから余計に打撃を受けた。 「彼氏さんからなにか弁解のメッセージは来てないんすか?」 「……どうだろ。朝から電源落としたままでさ……」 「見てみましょうよっ。きっと何か来てますよっ」  来てるだろう。だから余計に怖くて見られない。  天音に聞けばいいことを隠れて敦司に聞いたりして……愛想をつかされるかもしれない。自分は間違ってない、天音が嘘を言ってる、そう思っているのに怖くて見ることができない。   「主任、もしお迎えに行かないなら、連絡も入れないとですよね?」 「……だよな」  このままだと天音は待ちぼうけをくう。とりあえず先に帰れと言ってやらないと。  恐る恐るスマホの電源を入れる。いつもは長く感じる起動までの時間が、今は異様に早く感じた。  電源が入った瞬間ブブッと震えてメッセージが届く。天音から一件、敦司から一件。  正直、天音からはもっと何件も届いているかと思ってた。ところがフタを開ければたった一件のメッセージ。ますます読むのが怖くなる。  これはきっと怒ってる。天音が怒ってる。……いや、怒ってるのは俺だろ。なに怖がってんだ。  どちらのメッセージも昼休みに届いてた。俺はとりあえず敦司のメッセージを開いた。 『天音には簡単に説明させられた。ごめん。廊下に出て電話してたんだけど、天音トイレに行ってたみたいでさ。全然気配にきづかなかったんだ。ごめん。どこから聞いてた? って聞いたら「みんなで行ったぞってとこから」だって。ほんと、マジでごめんな冬磨』  だから敦司は悪くないって言ってるのに何回謝るんだ……。俺のせいで気使わせて本当にごめん。 「どうでした? なんて書いてありました?」 「あ、いや。これは天音のメッセージじゃないやつ……」 「え、ちょっと主任、順番違うでしょっ。まず彼氏さんのほうですっ。早く連絡しないともう待ってるかもっすよっ」  待ってないかもしれない。連絡なんて必要ないかもしれない。だって天音は怒ってる……。 「主任? 大丈夫っすか? すごい顔色悪いですよ」 「……ああ、大丈夫だ」  嘘だ。全然大丈夫じゃない。  もう嫉妬とか天音の嘘とかどうでもいい。天音がみんなと行ったと言うならもうそれでいい。天音の気持ちが俺から離れていくことのほうがずっと怖い。  耳まで届く己の心音を聞きながらメッセージを開き、とっさに目を閉じる。何が書かれているんだろう。怖い。 「俺が読みましょうか?」 「……いや」  佐竹の気づかう声を聞いて、なんとか目を開く。  スマホに表示された、たぶん初めてだろうと思えるほどの長文。そして他人行儀な敬語にひゅっと息を呑んだ。 『火曜日は昼までの会議が早く終わって、残り時間も半端だからってことで少し早くお昼に入って、みんなで外に食べに行きました。お店に着いてから、主任がデスクにスマホを忘れたと言うので俺が走って取りに行きました。追いかけてきてくれた主任と一緒に、二人でお店に戻りました。イタリアンのお店です。全部で七人。嘘はついてません。松島さんにも聞いてみてください』  天音のメッセージを何度もくり返し読む。  どこにも疑うところなんてない。外回りでもないのに十二時前に昼休みに入るなんてありえない、なんて思い込んだ俺が間違いだった。  もしものときのためにと松島さんの連絡先も交換してはいるが、確認する必要なんてない。  天音は嘘をついていなかった。  俺は信じてやれないどころか、隠れて敦司に確認まで取った。  敬語で淡々と説明されたメッセージに背筋が凍る。  天音が怒ってる。これは相当……いや、きっと嫌われた。 「小田切主任……顔真っ青っすよ……」 「……どうしよ……佐竹……」    佐竹が俺のスマホを覗き込み「ほら、やっぱり嘘ついてなかったすね。てか……怒ってっぽいっすね」と同情の目を向ける。   「とりあえず、迎えに行くのか行かないのか連絡しないとっすよ」 「……きっと待ってない」 「大丈夫ですってっ。ちゃんと連絡しなきゃだめですっ」    佐竹の強い口調に後押しされメッセージを打ち込もうとしたとき、先に天音からのメッセージが届く。   『今日は残業です。先に帰っててください』    いつもなら『ごめん冬磨〜まだ帰れない〜』なんてメッセージに泣き顔のスタンプがくるのに、届いたのはやっぱり事務的な文章で絶望的な気分になった。      佐竹に慰められつつ、背中を押されるようにして会社を出て帰宅した。佐竹が何度も「大丈夫ですって」と言ってくれ、なんとか帰宅できた。  そうだ。俺ができることは謝ることだけだ。天音に許してもらえるまで謝り続けるしかないだろ。 『天音、ごめん。疑ったりして本当にごめん。車で迎えに行くから、終ったら連絡して』  そう天音にメッセージを送った。メッセージでダラダラと言い訳したくない。会ってから、もっとしっかり謝る。  よし、と気合を入れ直し、俺は夕飯の支度を始めた。  しかし、天音からの連絡は一向にない。スマホを確認しても既読はついているが連絡はない。  夕飯ができ、不安な気持ちでスマホを見つめる。ソファと食卓テーブルを行ったり来たりしながら交互に腰をかけ、嫌な予感が頭をよぎる。まさか……帰ってこない、なんてことはないよな。  天音が住んでたアパートは、まだ大きな家具の整理が済んでいない。帰るつもりならいつでも帰れる。  背筋に冷たいものが走った。慌てて立ち上がり玄関に向かう。  なぜ直接聞かなかったんだ。くだらない嫉妬から天音を疑った。ほんとバカだろ……。  カゴの中から車のキーを引っつかみ靴をはこうとした瞬間、ガチャッという音が響き鍵が開いた。  天音が帰ってきた。帰ってきてくれた。でも、迎えに行くと言ったのに連絡せず一人で帰ってくることなんて今まで一度もなかった。  開いたドアから顔を出した天音は、俺の姿に気づくと跳ね上がるように驚きサッとうつむく。 「あ……天音」 「……ただいま……」 「……お……かえり」  足元を見つめながらゆっくりと靴を脱ぎ、天音はずっと視線をそらす。 「あ……のさ、天音……」  声をかける唇が想像以上に震えた。    
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