あの男は誰だ✦side冬磨✦ 終

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あの男は誰だ✦side冬磨✦ 終

 怖い。少しでも天音の気持ちが俺から離れていくのが怖い。 「天音……ごめ――――」  ごめんと言いかけた言葉を、最後まで言うことができなかった。  靴を脱ぎ終わった天音が、ぎゅっと俺に抱きついてきたから。 「あ、天音?」 「……俺、嘘ついてないよ? 本当に、みんなで食べに行ったよ?」  さらに力強く抱きしめられる。もう嫌われただろうと覚悟までしていたから、一気に涙腺がゆるんで視界がぼやけた。 「うん……ごめん。疑って……本当にごめん」 「……信じて……くれた?」 「うん。もう疑ってない。お前のこと……すぐに信じてやれなくて……ほんとにごめん……」  天音の髪に顔をうずめるように、そして天音に負けないくらいに力いっぱい抱きしめる。 「冬磨……ごめんなさい」 「なんでお前が謝るんだよ。謝るのは俺だろ?」 「……違う」    俺の胸にぐりぐりと顔を押し付けるように、天音が首を横に振る。 「俺……今日一日仕事にならなくて……」 「……そっか。ごめんな、ほんと……」 「違くて。すごい……すごい嬉しくて浮かれてて……」 「……ん? 嬉しい?」  もう嫌われたと覚悟までしたのに……嬉しいってなんだ?  おかしいだろ、ここは怒るところだろ。 「だって……だって冬磨が嫉妬してくれたんだもん。俺ばっかり嫉妬してると思ってたからすごい嬉しくて。敦司に嫉妬するって冬磨よく言うけど全然実感わかないし……だからすごいすごい嬉しくて」 「天音……」 「……でも、冬磨がずっと元気がなかった理由がそれなんだって、俺のせいだったって分かったのに……俺一人で喜んじゃって……冬磨はつらかったのに……喜んで浮かれちゃってごめんなさい……」 「は、いや……何いってんの。俺はお前を疑って隠れて敦司に確認までしたんだぞ? 怒るところだろ」  すると、天音がパッと顔を上げた。頬が赤く染まり、瞳いっぱいに大好きと伝えながら俺を見つめてきょとんとする。 「なんで? そんなの怒らないよ。だって、もし逆だったら俺だって疑っちゃうもん。十二時ちょうどに二人で出てきてお店入って、そのあとずっと見てても誰も来なかったら二人だと思うよ。それなのにみんなで行ったなんて言われたら疑っちゃう。俺だったらきっと、嘘つき! って泣いて怒ってるよ……」 「……マジで言ってる?」 「うん」 「……じゃあ、なんで敬語のメッセージだったんだ? なんで連絡しないで一人で帰ってきた?」 「えっ……と」 「なんで?」 「……俺浮かれすぎてて、だから必死で冷静になろうとして、そしたらなんか……なんて送ったらいいのかわかんなくなっちゃって……」    ふと天音の家に挨拶に行ったときのことを思い出した。照れて緊張して自分の親の前でカチコチになってた天音。あれか……あんな状態か?   「一人で帰ってきたのは……外で冬磨に会ったら抱きつきたくなっちゃうから……」    天音はそう言って、また俺の胸に顔をうずめた。  ……本当に俺、幸せすぎる。  俺が天音を守ってやりたいのに、守られてるのはいつも俺のほうだ。  いつでも天音が優しく俺を包み込んで癒やしてくれる。 「いつも……社食で誰と食ってんの?」 「敦司と」 「二人?」 「うん」  よかった。それならいい。  いや、それはそれで嫉妬するが、敦司ならいい。   「冬磨、ありがと」    天音が胸に優しく頬をすり寄せた。   「嫉妬してくれて、ありがと。毎日愛してるって言ってくれて、それだけでも幸せなのに、今日のでもっと幸せになった」 「……天音」    怒らせたと、嫌われたと覚悟したのに、もっと幸せになったと言う天音にたまらなく愛しさがあふれ、思わず力強く抱きしめた。 「ん、冬磨」  幸せなのは俺のほうだ。  いつでも全身で俺を大好きだと伝えてくれる天音に、俺は毎日幸福感に包まれる。  大好きだよ天音。本当に心から愛してる。 「冬磨……」  天音が顔を上げて俺を見つめ、背伸びをしてキスをする。  ……可愛すぎ。 「冬磨……仕事が大変で疲れてるわけじゃなかったんだよね……?」 「うん、疲れてないよ。ほんと……心配かけてごめんな」  毎日俺を気づかってくれていた天音に心から謝る。天音の勘違いを正しもせず疲れてる振りをして、本当にごめん。  ふるふると首を振り、熱のこもった瞳を向ける天音にドキッとした。 「……じゃあ、さ……」  と口ごもり、恥ずかしそうに視線をそらしてから、もう一度可愛く俺を見つめてゆっくりと口にする。 「……しよ?」  予想はついていたのに、天音の可愛さに完全にやられた。 「ね……今すぐ……抱いて……?」  いつも自分からは誘わない天音が誘ってくる。本当に天音は俺の心臓を簡単に撃ち抜く。  酒が入るといつも可愛く甘えてくるが、それでも誘ってくることはない。天音はいつも受け身だ。  俺の嫉妬が始まった火曜日、本当ならば二日ぶりに天音を抱くつもりだった。それがもう今日は金曜日。正直俺も我慢の限界。 「俺も、もう無理。限界……」 「冬磨……」 「天音……」  見つめ合い唇を合わせた。 「……ん、……ンっ……」    舌を絡ませて本気のキスになる。  もっと、もっと深く。久しぶりの激しいキスに胸が熱くなる。  ところが、天音が俺の胸をトンとたたき、ぷはっと唇を離した。   「……天音?」 「あの、……えっと、……た、ただいまだけ伝えてくるね……っ」    抱きしめていた俺の腕をそっと外し「待ってて……っ」と早足でかけていく。途中で洗面所も立ち寄って。   「やっぱりか…………ふはっ」    相変わらずムードぶち壊しだなと俺は笑った。  でも、それがたまらなく可愛くて愛おしいから参る。  天音と暮らすようになって、朝と就寝前に必ず線香を上げるようになった。だから、本当なら今仏壇に挨拶をする必要はない。  でも天音は、帰宅後に必ず仏壇に「ただいま」を伝える。生きていれば必ずするだろう帰宅の挨拶。それをしないのは落ち着かないと言う。  それも天音らしくて可愛い。    仏壇に挨拶を済ませ、はにかみ笑顔で戻ってきた天音を抱き上げた。   「……てかさ。敦司はお前が浮かれてるの知ってた?」 「え? うん、知ってたよ? すごい呆れられた。仕事は進まないし顔は熱いし、みんなに熱があるって誤解されてるの見て、すごいでっかいため息つかれた」 「いつから知ってた?」 「いつ……最初からだよ?」  してやられた。  あいつ、わざと深刻そうなメッセージ送ったな。  ほくそ笑む敦司の顔が想像できた。  くそ……覚えてろよ敦司の野郎。もう酒なんか貢いでやんねぇからな。 「冬磨? 敦司がどうかした?」 「いや。ほんといい奴だなって思ってさ」 「え……なんか言い方がトゲトゲしいよ……?」 「そうか? 気のせいだろ」  ……いや。敦司の言うことまでも疑って迷惑かけたのは俺だ。  まだ貢ぎ足りないくらいだな。 「ごめん天音。今日は抱き潰しちゃうかも」 「……うん。いいよ」    天音は真っ赤な顔を隠すようにぎゅっと抱きついた。  せっかく作ったグラタンは食べられるように頑張ろう。  大好きなグラタンを嬉しそうに頬張る天使な天音を想像して、俺は寝室への扉を開けた。      終     ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇   『嫉妬する』の冬磨バージョン、リクエストありがとうございましたꕤ*.゜
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