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「――……情報提供を呼び掛けると共に、成宮美伽ちゃんの行方を捜査しています」
そんなニュースキャスターの言葉と共に、居なくなったとされる近所の公園の光景と、五年生の集合写真の隅っこに映った『成宮美伽』の顔を映すテレビ。
誘拐だの事件だの、何だかものものしいニュースを見ながら、二人分の朝食の準備を進める。
そんなに必死になって探さなくても、美伽はこの家で幸せなのに。
「……できた。みーちゃん、ご飯だよ」
「はぁい。あ、オムライス! 美味しそう! オムライス好きなんだぁ」
「ほんと? よかった。ケチャップで何か書こっか」
「わーい、何がいいかな?」
二人で小さなテーブル越しに向かい合わせになって、身を乗り出してオムライスを見下ろす。
別に監禁やなんかの酷い扱いがされている訳じゃない。痛いことも苦しいことも何もないし、ご飯だってお腹いっぱい食べられて、テレビだって漫画だって好きなだけ見られて、自由で楽しい空間。前よりもずっと、笑うことも増えた。
「みーちゃんはくまちゃんが好きだよね。くまちゃんにしようか」
「えっ、何で知ってるの?」
「ふふ。持ち物とか…いろいろ見てたらわかるよ」
二人で一緒に食べる温かなオムライスにかけようとした、残り少ないケチャップ。押した瞬間勢い良く飛んで、お互いの顔についたのを見て笑い合う楽しい時間。
ここが、今の美伽の居場所。あんな家にいるより、よっぽど幸せだ。
*******
美伽は物心ついた時からずっと、成宮家で迫害されていた。親はギャンブルとアルコールに溺れ、ろくな家庭環境ではなかった。
それでも元から器用なタイプだったから、周りから心配されないよう取り繕うのも上手かったのだ。
服の下にアザを作ろうと、家に帰ると奴隷のように扱われようと、外では作り笑顔を絶やさない。
助けを求めることは家族に対する裏切りで、あんなのでも大事な家族だと、刷り込みのように信じていた。そうして歪な成長をし、次第に心が閉ざされていった。
そんな地獄のような日々の中、まるで運命に導かれるように、ある出会いをする。
いつも無邪気に遊ぶ同じ年頃の子達を尻目に通りすぎるだけだった近所の公園で、唯一すべてを話せる相手と出会えたのだ。
似たような環境で育ち、心の傷を共有できる、二人だけの特別な関係。それは地獄の底に下ろされた、一本の蜘蛛の糸のようなもの。差し出されたその手に抗うことなんて、出来るはずもない。
「……ねえ、みーちゃん」
「なあに?」
誘拐だとか、そんな風に世間が思うようなことじゃない。ただ、在るべき場所を見付けただけ。
心を閉ざしても尚、美伽はずっと、辛い日々の中こうして手を取り合える相手を待っていたのだから。これからは、この二人の城が唯一の居場所だ。
「……みーちゃんは、これからもずっと傍に居てくれるよね?」
「もちろん! ずっと、ずっと一緒だよ」
「ふふ、これからもよろしくね」
「うん! こちらこそよろしくね」
ケチャップまみれのオムライスを食べ終えて、デザートのプリンを味わって、お腹いっぱいの微睡みの中。日当たりのいい部屋の真ん中で、ふわふわのカーペットに二人で寝転び笑う、幸せな時間。
こんな日々が、ずっとずっと続けばいい。警察も家族も世論も知ったことか。地獄のような成宮家になんてもう二度と帰らずに、ずっとここに居たらいい。美伽の心と身体の傷は時間をかけてゆっくり癒して、ここで新しく生まれ変わるのだ。
けれどそんな願いも虚しく、数日後、呆気なくその終わりは訪れた。
一緒に乾燥機から出したての温かな洗濯物を畳んでいると、突然鳴り響いたインターホン。
「……どちらさまですか?」
「西警察署の者です。成宮美伽ちゃんに似た少女がこのアパートに居ると通報を受けて来たのですが……」
「……い、居ません!」
警察。心臓が今まで聞いたことのないくらい、大きな音を立てる。
「どうしよう……どうしよう。警察……わたしたち、引き離されちゃう……!」
「みーちゃん……大丈夫だから、落ち着いて!」
抱き締め合いながら、お互いに落ち着かせようと背を撫でた。けれどその手は震えている。
居ないと誤魔化したところで、美伽の居場所はもうばれているのだろう。ドアをどんどんと叩く警察の声が、次第に緊迫を帯びた。
そして、大家さんに協力して貰ったのか、合鍵を使って警察は二人の城の中に入ってきた。
「動くな! 門脇都子、未成年者誘拐の現行犯で、逮捕する!」
「成宮美伽ちゃん、無事保護しました!」
「……っ、やだ、離して! 美伽は、みーちゃんとずっと一緒に居るの!」
警察によって、美伽はみーちゃんから引き剥がされる。嫌だと必死に暴れても、大人の力には敵わない。
みーちゃんへと必死に手を伸ばすけれど、手錠をされたみーちゃんは、申し訳なさそうに俯いていた。
「美伽ちゃん……ごめんね」
「みーちゃん、みーちゃん……!」
こうして、永遠を願った美伽の幸せな日々は、唐突に終わりを迎えたのだ。
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