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別れの後
桜は靖彦先輩に別れを告げた。
他に好きな人が出来て、その人の子を妊娠したと嘘をついて。
彼の前ではおくびにも出さずにいられたと言いながら、私の前ではまた号泣していた。
靖彦先輩は余程信じられなかったのだろう、何か知らないかとすぐに連絡してきた。
予め桜と話し合っていた通り、彼女には故郷の愛知に昔から片想いしていた相手がいて、その人と再会して交際に発展したのだと嘘を伝えた。
そして彼女が故郷に帰ったことも。
その後の彼はひどく荒れた。
これまで彼は常に飄々として何かに執着するタイプには見えなかったけれど、彼女だけは特別だったのだろう。
思い出す時間さえ潰すように仕事に打ち込む傍ら、これまでは相手にもしなかった女性たちからの誘いに応じた。
私はといえば……そんな彼を慰めるように近付いた。
勿論葛藤はあった……親友の愛する男に手を出そうとするのだから。
けれど桜から離れ、自らを壊そうとするかのように休みもせずに時間の隙間を埋めてゆく彼を見ていられなかったのも事実だ。
靖彦先輩は窶れて穏やかだった顔付きも、どこか苛立ったように尖ってしまった。
そして今ならば、ずっと欲しかった彼が手に入るかもと思ってしまったのも……また事実。
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