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壊れてしまえばいい
桜は生前、自分が死んでも靖彦先輩に伝えないで欲しいと何度も言っていた。
それが彼女の唯一の望みであり、そのために人生の最期に最も愛する人と離れる事を選んだのだから。
しかし私はそれすらも踏みにじった……。
桜が亡くなった頃、派遣社員から正社員としての採用が決まった。
靖彦先輩とは社内で時折姿を見る程度だったが、見る度に窶れてゆくのは気に掛かった。
社内の噂では仮眠程度でろくに家にも帰らず、まともな食事も摂っていないらしい。
ふたりが別れてから2年にもなろうとする頃だったが、それでも彼の中に残る痛みがそうさせたのか、本当に仕事が忙しかっただけなのかは良くわからない。
本当ならば何か一言でも言ってやりたいところだが、みっともない未練から欲を出した手前、さすがに自分から接触するのは躊躇われて勝手に気を揉んでいた矢先のことだ。
急に社内が騒がしくなって、皆がざわざわと不安そうな様子を見せた。
私は他部署で所用を足した戻りの廊下でその騒ぎを聞きつけて、何食わぬ顔で注意深く聞き耳を立てる。
ここで野次馬根性丸出しで騒ぎ立てるのは見苦しいと思ったからだ。
漏れ聞こえたのはエンタテインメントテクノロジー部、倒れた、救急車という単語あたりでピンと来る。
大慌てで玄関まで出ると、人混みの隙間から見えたのは靖彦先輩が救急車で運ばれるところだった。
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